あたしが眠りにつく前に
 何かの悩みを抱え、よって拒食や不眠などの体調不良を引き起こしているという里紗の見解は当っていながら外れてもいる。確証も無く結論付けるのに、当人でないのにどれほど悩み苦しんだか。

「どうしても?」

「うん」

 到底納得のいく答えは返さなかった。長らく待たせておいて、泣かせておいて何様のつもりだ。拒絶とみなされても無理は無いのに、

「……‘まだ’ってことは、いずれは話してくれるってことだよね。珠結の口から、直接」

 強く頷けば、里紗は泣き笑いの表情で目元を拭う。

「約束だからね」

 そっと小指を絡ませる。指きりなんて、子供っぽい行為。しかし今は崇高で神聖な誓いの儀式のように、珠結には思えた。

「その時が来たら、わたしの所に真っ先に来て。…百歩譲って、2番目でもいいから」

「2番目? 誰の次なの?」

「一之瀬君も知らないんでしょ? 少しは知ってるみたいだけど、全部とまでじゃなさそうだったし。じゃなきゃ、あんなこと言わないし、放って置かないだろうし」

 珠結の前では暗黙の了解としてNGワードに定着していた人物の名が転がり出た。

「口止めされててたんだけどね。冬休みに入るちょっと前、呼び出されたんだよ。珠結を頼むって。些細なことでも、常に気にかけてやっていてほしいって」

‘限界まで一人で抱えこんで、平気じゃないのに平気ぶる’

‘俺にはもう、何もできないから’

「一之瀬君、すごく寂しげに笑ってた。わたしに頼んではいたけど、本当は自分が、って瞳が叫んでた。…二人の間に何があったのか知らないけど、一之瀬君は望んでなかったと思うよ。二人が離れたの」

「まさか。親しくしてた幼馴染がせいぜい恥をかかないように、って意味のおせっかいでしょ。勘ぐりすぎだよ。…千歩譲って思っていたとしても、しょせん過去の話。今はあたしのことなんて片隅にも置いてない。生徒会長じゃないものの、クラス委員として優等生として忙しくて、友達に囲まれて充実した毎日を走り抜けてて。それで、いいじゃない」

「走ってる、けど。あれは…。珠結はこのままでいいの?」

 やめて。切り捨てた思いが蘇ってしまう。あの触れられた手の熱を思い出す。やっと、ここまで来れたのに。

「まだ、好きなんでしょ」

 ―――ヤメテ。アタシハ。

「幸せになって、ほしいんだよ。だから、あたしは隣にいちゃいけないの。お願い、それ以上は言わないで。決めたことだから」

 散った花びらは二度と、元の花に寄り集まって枝には戻れない。泣きそうに目を細める珠結に、里紗はもう何も言わなかった。そっか、と珠結に倣って校庭の隅に佇む樹木を眺める。深緑の若葉が光を受けながら風に揺れる。
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