あたしが眠りにつく前に
 やっと帆高から受け取ったノートをめくると、未知の世界がズラリと広がっていた。

今夜はどれだけ起きていられるだろうか。今回は普段より板書のページ数が多い。全てを書き写す前にタイムリミットを迎えてしまいそうだ。

「内容、理解できるか? あと時間的な問題も考えて」

「…絶対無理。今からマッハで写すから、解説お願いしたい」

「了解」

 帆高はあっさりとした返事をもって、珠結に向き直って古文を説明し始める。

珠結が放課後に居残ってでもこうして真剣に勉強に取り組むのは、平和で充実した高校生活の存続のためだ。ペナルティの宿題や居残り補習、最悪の場合の留年は何がなんでも避けたい。

切り抜けたにしても、赤点を取ってのギリギリの結果であれば顔向けできない。中学時代では母や教師陣を随分困らせてきた。母は勿論、寛容な今の担任達にはそうしたくないという思いが一際強い。

だからこそ珠結は好きでもない――嫌いの域に入る――勉強と向かい合う。

 そもそも勉強会が始まったきっかけは、春の中間テストで見るも無残な結果を出したことによる。授業は居眠りのためにほとんど聞いておらず、友人のノートのまる写しだけでは学習内容が身につくはずもない。

教師に質問しようにも自分の授業態度を顧みれば気が引け、友人には日頃世話になっているのに解説まで求めるのは無神経な気がした。

 さらに最大の敗因は勉強時間不足。せっかく学校でノートを写したり借りたりしても、机に向かって数十分で眠気が襲い掛かってくる。

夜に近づくほど睡魔の活動は活発となり、寝まいと抗っているうちに勉強どころではなくなる。最終的に抗い切れず、気がついたら朝になっていたことは珍しくない。

 故に自力で乗り越えるのは不可能だと思い知り、頼みの綱として縋り付いた相手が帆高だった。珠結のテストの結果表を見た時、帆高は分かりやすい渋い顔をした。

「どうしたらこんな点取れんだよ」と毒づいた後に発せられた意外な言葉。それがこの勉強会の提案だった。

互いに帰宅部のため、時間の都合に問題は無い。それからかれこれ半年、こうして屋上で顔を突き合わせている。おかげで成績は中の位置まで跳ね上がった次第である。

 最終的に帆高に頼ったのは、彼なら助けてくれるという甘えがあったからだ。そこには自分の最大の理解者は彼だという認識も手伝った。

他の人は知らない自分を知り、母には話しづらいと思うことも、素直に吐き出せていた。

自分の重荷を一緒に背負ってきてくれた大事なパートナー。彼のいない日常など有り得ない。それほど信頼してやまない存在なのだ。
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