あたしが眠りにつく前に
 他にも挙げてみれば、きりが無い。インターネットの記事や医師の話で知った症例は数例だったが、各例にほぼ共通する症状が珠結には見られない。そのひとつの過食傾向も、数日の眠りから覚めた直後にいつもより多めに食べる程度。普段は口にする食事も少量で、空腹すら感じない。食べておかなくてはという自意識が摂食行為へと突き動かしている。

 果たして自分は、本当に病気なのだろうか。ただの怠惰ではないのだろうか。これまで、そんな思いに取り付かれたことも多々あった。病名も断言できずに原因も不明のまま、元々過剰に眠る自分が単なる怠け者だと知られたくなくて、体が勝手に病状なるものを作り出しているのに過ぎないのではないか。

でももう、考えるのには疲れてしまった。この身体は、もはや自分の願うとおりに生きようとしてくれない。変わることのない、事実。

「こんな体だから、今までどおりの生活はできっこないよね。かかりつけの先生には、ずっと前から言われてたんだ。何かあってからでは、遅いんだからって。でもあたしは少しでも長く、日常を続けたかった。眠い目をこじ開けながら朝ごはんを押し込んで、できるだけ急いで学校に走る。勉強は好きじゃないけど頭に鞭打って先生の授業を聞く、その合間の休み時間に友達とはしゃいで笑う。お昼になったらお弁当を囲んでお喋りの続きをして、授業が終わったら掃除分担のジャンケンをする。それも終われば屋上まで駆け上って、空を見上げて風に浸る。そして家に着いてブツクサ言いながら宿題をする。そして最後に空が赤いうちに眠りこける。…そんな毎日が当たり前のように繰り返せて、とても幸せだったから」

 涙はすっかり乾いていた。終わりの時だって、努めて笑顔でいよう。あの時と同じように、なんでもないんだって。

「でももう、おしまい。あたし、入院するんだよ」

 君はこれ以上、足を踏み入れてこないで。

 もう帆高の目を見ていられない。膝を曲げ、掛け布団に顔をうずめる。精一杯の強がりが砕けないように、また涙がこみ上げてこないうちに。帆高がこの場を去ってくれるのを、珠結は期待していた。

「だから?」

「…は?」

「だからって、なんで俺を切り捨てた?」

 空白を設けずに、心底不思議でならないといった様子で帆高が即時に問う。まるで一連の話を聞いていませんでしたと、病気のことなど取るに足らないことだと言わんばかりに。彼にとって重要なのは、そのことであって。

「なんでって、…そのまま伝えてたら、またあたしの隣にいようとするでしょ?」

 いささか恥ずかしさを覚える言い分に、分かりきったことを、と帆高の目が咎めてくる。やっぱり、外れてはいなかった。でも、当っていて欲しくなかった。

「分からないの? あたしはますます何もできなくなるし、重荷になっていく。奪うばかりで、何もしてあげられない。ねえ、どれだけ大切なものを失えば気が済むの!? 部活だってあんなに頑張ってたのに、実力もあったのにむざむざ諦めて! あたしなんかのために…!!」

「まだ言うのか? 俺は仕方なく諦めたつもりは微塵もない、お前のためって考えたことも一度もない。…何度も言ってるだろ?」

 塚本が言っていたとおり、帆高がサッカー部をやめたのは珠結が大きく関わっていた。やめさせたと言ったほうが当っている。珠結はそう信じてやまない。しかしその詳しい事情を塚本は知らない。知っているのは、おそらく珠結と帆高の当人だけ。
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