あたしが眠りにつく前に
 珠結達が中学生になる前、帆高は小学校高学年から部活でサッカーを始め、メキメキと力をつけて頭角を現していた。それから地元のクラブチームにも所属し、中学入学直前から期待の新入生として名前を知られていた。

一方の珠結は小学生時はバレー部だったが、中学に入るとあっさりと帰宅部を選択した。引き続いてのバレー部への入部はまず考えなかった。運動部には必ず朝練習がある。その早い時間帯に起床するのは、もはや無理だと見通していた。

練習も付いてはいけないだろう。授業中の居眠りが目立つようになり、練習や試合中でも睡眠発作が出てくることも大いにありえる。チームメイトや顧問に迷惑がかかり、白い目で見られるだろう。他者から見れば、たるんでいるようにしか見られない。たとえ病気だと理解されても、足手まといという事実に違いはない。だったら最初から来なければいいのだと。

 文化部も検討したが、吹奏楽・合唱・美術の3つのみ。珠結に各部で生かせる才能があるか考えるゆとりは無く、いずれも入賞・大会出場を真剣に目指していた。こっくりこっくりと‘不真面目’な生徒などもってのほか、気楽に活動できる場所ではなかった。帰宅部が認められていたのは、本当に助かった。

 その代わり、放課後に図書室に立ち寄るのを日課としていた。数冊借りていくのみだったりその場で読んでいったり、または宿題をしたりなどうっかり下校時刻まで読みふけって、帆高と出くわした時は、途中までとはいえ一緒に帰ることもあった。

小学校までは通学路が一部重なることもあり、待ち合わせをして登校していた。しかし珠結が朝になかなか時間通りに起きられず、帆高に先に行ってもらうことが増え、一緒に登校することは断念することとなった。それでも下校に関しては部活が終わった後、約束したのでもなく自然と共にしていた。

中学に上がると帆高が部活に忙しくなり、登下校の時間が重なることはほぼ無くなった。二人の距離は昔よりも広がった。それでも年齢・異性の点を考えれば他よりも密なものだった。休み時間には同性の友人のように普通に話していたし、物の貸し借り(主に珠結の方が借りる側だが)もしていた。恋人同士とまではいかなくとも、仲の良い二人だった。

 1年生の夏休みを目前に控えた時期。地球温暖化を嫌と言うほど実感させられる、炎天下で帆高は迫る市内大会に向け、日々サッカー部の練習に汗を流していた。朝早くに家を出て日がとっぷり暮れてから帰宅する。休日を問わず他校との交流試合や自主練習に励み、そのうち倒れてしまうのではないかと珠結の方が心配するぐらいだった。

それでも帆高は幸せそうに笑っていて、珠結も応援していた。帆高がレギュラー選抜を勝ち抜いた時は、自分のことのように嬉しかった。帆高はサッカーが大好きだった、本当に、心から。珠結も同じだった、サッカーで輝く帆高を見るのが。

 市内大会が迫りつつあったある日、図書室は蔵書整理と本棚の配置換えのために出入り不可となっていた。そこで珠結はまっすぐ帰宅することにしたのだった。

「じゃね。練習、頑張って」

「ああ、気をつけて帰れよ」

 「また明日」と手を振って別れ、珠結は一人学校を後にした。全校生徒の9割が何らかの部活に入っているため、帰路に着く生徒は数えるほどだった。せっかくの青春時代なんだから、試しにでもどこかに入ってみればいいのに。自分のことはさておき、余計なお世話を承知でしばしば思っていた。
< 111 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop