あたしが眠りにつく前に
 検査や簡単なリハビリを経て、思いのほか早く退院は実現した。とはいえ待ちに待っていたはずの夏休みは入院生活によって丸ごと潰れ、登校開始が始業式に間に合ったのはミラクルだった。
 
教室に入るなり、友人達に囲まれて体への気遣いの言葉を方々から頂いた。こそばゆい思いをしながら、ずらした目線の先に一月半ぶりに見る帆高の姿を捉えた。

「もう、大丈夫なのか」

「あ、うん。見ての通り。いつもどおりの生活、していいって」

 そうか、と帆高はやけにあっさりと席に戻っていった。心配してほしかった訳ではないが、拍子抜けしてしまった。そういえば、部活の大会はどうだったのだろう。見たところ落ち込んでいる様子はない。帆高の所属するサッカー部は、はっきり言って強い。最低でも市内大会は突破すると、当然視されている。きっと、納得のいく所まで行けたのだろう。後の楽しみとして、じっくりと聞くことにしよう。

 時間になって、体育館に向かった。名簿順のため、帆高は列の先頭にいる。ウトウトしようものなら、すぐに見つかる損な席だな。対して自分は中間の位置なものだから、名字に感謝してしまう。

 始業式は始まりの言葉から、校長先生の欠伸が出そうなほど単調で長くもアリガタイお話、各教員からの連絡事項などをもって終わりの言葉でつつがなく締められた。続いての授賞式は、専ら各部活動の夏休みにおける大会での受賞関連だった。始業式とは一転、全体の雰囲気に覇気があって何となくソワソワとしている。

「うちのテニス部、アベック優勝だったんだよ。女子なんかね、個人戦は上位3位とも独占だったんだから!」

「そうなんだ、すごいね」

 隣の女子が肩を寄せてコソコソと話しかけてきた。彼女、お喋りだからなと苦笑しつつ、相槌を打つ。

「今年はどこもすごかったみたいだよ。バスケもバレーもアベックで、他の部も上位に食い込んで。次の東大会でも、いい所まで行って結果残したみたいだし」

 確かに次々と各部の選手陣が、壇上で校長と教頭に優勝旗や賞状を献上していく。文化部の生徒達も負けんとばかりに、堂々と階段を上っていく。

「でもね、一番すごかったのはサッカー部! 県大会まで行ったんだって~」

 僅かな時間差でのネタバレ攻撃を受けている気がしないでもないが、その一言に安堵の息を大きく吐き出す。おめでとう、後で行ってやらなくては。

…いや、待てよ。何かがおかしい。

「でも、もったいなかったよね…」

 え? 問い返すと、スピーカーの彼女がソロソロと前方に目を向ける。直後、違和感の正体が判明した。

同時に、サッカー部が呼ばれた。部長を先頭に舞台に上がり、こちらに背を向けて一列に並ぶ。そこにレギュラーであったはずの帆高の姿はない。当然だ。自分がまさに今並んでいるクラスごとの列の先頭に座り、舞台上を見上げていたのだから。

 受賞を受ける生徒は、式の前に前もって体育館の壁側に待機している。その方が生徒も移動がしやすいし、式をスムーズに進行できる。サッカー部は何らかの受賞が確実とされていた。帆高が自分と同じ列に並んでいたのは、前提としておかしかった。実際、帆高以外のレギュラーメンバーは各クラスの列から離れていた。どうして、もっと早く気づかなかったのだろう。

 当校史上初の県大会ベスト4入り、惜しくも1点差で敗退。知りたいのは、そんなことではない。

「一之瀬君、夏休み入る前にね、急に部活やめちゃったんだよ」

 耳打ちされたその言葉だけが、頭の中を無限に駆け巡っていた。
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