あたしが眠りにつく前に
 急激に帆高の眼がスウッと冷えていった。心なしか瞳の色が濃くなっている。帆高は一切の表情を消して口を閉ざし、無を引き出していた。何と言い表したら分からない、とにかく眼だけが帆高のみ知る心情を映し出しているようだった。帆高の眼を、出会ってから初めて怖いと思った。

鳥肌が止まらず、声が出ない。まともに思ったのは、これは誰かということ。目を逸らせない、まるで引き込まれしまう。ちっぽけな抵抗心を振り絞って恐る恐る名前を呼びかけると、帆高が静かに瞳(め)を閉じた。

「今日から俺も図書室、付き合うから」

「……あ? 何でそうなるのって…、え? 帆高?」

 再び開かれた眼は平素と変わりない。疑いようも無く、そこにいるのは帆高だった。ただ何となく、印象が。「生まれつきのこのつり目のせいで、人に勘違いされる」そうボヤいていたことのあるその眼差しが、また一層強くなったような。その瞳の奥に光が見える気がする。その変貌に、珠結は戸惑うばかりだった。

「放課後、やること無くなったし。あと、明日の朝からはいつもの別れ道で8時に待ってる。来なかったら、先に行くからな」

 取り付く島もなく一方的に告げると、帆高は教室に戻っていった。取り残された珠結は一人、床にへたり込んだ。帆高の瞳が刻印のように焼きついている。衝撃が強くて、もう帆高が部活をやめた理由を聞き出す意欲は無くなっていた。この時初めて、帆高の魔眼を目の当たりにしたのだった。その後の図書室では帆高は珠結の真向かいに座り、読書は魂が抜けかけた状態で早めに切り上げた。

二人並んで帰って、知人に指を指されても気にする余裕は0だった。帆高はかなりの遠回りになるというのに、珠結の家の前まで送ってくれた。着くまでに送る、大丈夫の応酬を繰り返したが、帆高は譲らなかった。「信用できるか」とざっくり却下された時、少し傷ついたというのは自業自得だろうが。

 その日から小学校以来、登下校を共にするのが復活した。登校は珠結が寝坊した場合を除いてだが、待っている人間がいるとなると気が引き締まらないはずが無い。普段から何かと珠結を気にかけるようになった。見張られると言っては大げさだが、常に意識が向けられているような感覚。過保護な母親として主人に仕える従者として、珠結を優先して第一に考える。帆高は変わってしまった。

 趣味の傾向も、サッカー一筋人間から珠結以上の本の虫へと路線変更した。帆高が部活をやめても、かつての顧問や先輩、チームメイトが戻ってくるよう懇願される場面も度々見かけた。幼馴染である珠結の口から帆高に説得してくれと頼まれたこともある。すぐに文庫本を片手にした帆高が引き剥がしていたけれども。頑なにNOと拒み続けて、いつしかそれも無くなったが、珠結の心は浮かなかった。

 帆高があんなに大好きだったサッカーを捨て、珠結を第一に考え出したのはあの事故があったから。もう二度とあんなことが起きないように、珠結が何事も無く日常を送れるように。自分のせいで、帆高は。

思うが故に問うた。しかし帆高は毎回首を横に振った。‘珠結のせい’だと認めようとしなかった。あくまで‘自分のため’であると。しつこすぎて頬を抓られ、強制的に話を終了させられたこともあった。
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