あたしが眠りにつく前に
 修復が早いのは幼馴染が故の由縁か、幾程か経って珠結は膝を詰めて帆高に迫っていた。

「暴走して突っ走ったのは反省する。でも、帆高だって色々と言葉が足りないんじゃ…。肝心なこと、はっきり教えてもらってないと思うんだけど。そういえば休日が活動日のクラブまで、やめる必要なかったんじゃない?」

「聞きたいか?」

「もちろん」

「墓場に行くまで、精々悶え苦しめ。それでチャラにしてやる」

「この鬼!」

「反論できる立場か?」

 珠結はぐうの音も出ず口を閉じる。

「…クラブにも学校の部員が結構いたからな。戻れって付きまとわれる可能性もあったし、帰宅部のくせにって気まずい思いもすると思ったし。中途半端だって」

「それに未練も残るよね、うん」

 ほらまた、詮索する。睨まれて珠結は口を押さえた。それでも指の隙間から呟く。

「あ、あとね、塚本君とは…」

「仏は3度でも、俺は1度だ。年老いて寿命でくたばった後なら、考えてやら無くも無い」

 「まだ横になってろ」と言い捨てて、帆高は空になった土鍋の乗った盆をさっさと片付けに行ってしまった。珠結が自分でやると言う間も無く、ドアは閉められた。

自分はおばあさんになれるだろうか。寿命という幸福な最期を迎えられるだろうか。未来は見えなくても、今が楽観視できる状況でなくても、君がそう言うのなら。そんな未来を願ってみよう、珠結の口元は自然な形で笑みを作っていた。

 さらに戻ってきた帆高の「カマかけてた」というぶっちゃけ発言は、珠結にとって落雷並みの衝撃に他ならなかった。

「…は!? 本当はどこまで知ってたの?」

「睡眠障害自体は本やネットで調べてたから別として。珠結の病気の正体は不明ってことと、最近は一層深刻だってことを簡単に。詳しくは本人から直接聞けって。まあ、最初からそのつもりだったから。」

「じゃあ、ほとんど今ここで初めて聞いたの? てっきり全部知ってるんだって…。全然気づかなかった。表情変わらなかったし…」

「抑えてた。少しでも気抜いたらやばかったけどな」

 帆高がずっと握られていた左手の拳を開くと、珠結は言葉を失った。手のひらには一直線に突き立てられた爪の跡が並んでいた。深く赤く、全ての傷から血が滲み出している。

「何やって…!? 早く手当てっ」

 立ち上がりかけたが、逆の手で手首を掴まれて妨げられた。

「こんなの、何ともない。そっちのがよっぽど痛かったろ」

 手首を握る手が包帯に包まれた手へと下りる。男性特有の大きな手は珠結の手をいとも容易くすっぽりと包み込んだ。眠気を抑えるためにシャーペンで刺す抵抗法は、癖と化していた。此処の所なかなか効果が出ずに加減がきかなくなり、手が滑ったために。

「金輪際、こんな馬鹿なことするなよ。俺が、辛い」

「自傷なんて、見てて気持ちのいいものじゃないからね。分かってるよ」
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