あたしが眠りにつく前に
「そうだ聞いて聞いて! この前ね、またバイト先のお客さんに勘違いされたんだよ。『中学生じゃないの? アルバイトなんてしてていいのかね?』だってー。でも、少しは成長してるってことだよね?」
無邪気に笑う、前向きで頑張り屋の里紗。そんな友人を、自分は泣かせかけた。
入院する前日、珠結は約束どおり、真っ先に里紗に全てを話した。里紗は黙ったまま話を聞き終えると珠結の前につかつかと歩み寄り、おもむろに両手を掲げた。左手を珠結の額に置き、中指を人差し指でおもいっきり反らす。珠結が今の状況を理解したのと同時に、「バチイィィン」という見事な効果音が無人の室内にこだました。
すんっごく、痛かった。慰謝料を取れるぐらいに。大袈裟ではない。その強烈デコピンをくらった時、珠結は額を抑えて蹲った。ダメージに耐えながらおそろおそる見上げると、里紗はその場で静かに見下ろしていた。それでも瞳は涙で潤み、泣くまいと震えていた。
『他人のわたしが泣く資格なんて無いもの。珠結は泣いてないのに』
震えた声で、里紗はキッと見つめ返してきた。自分には無い強さを、彼女は持っていた。里紗はひたすら待っていてくれた。気になって仕方が無かったはずなのに、そんな素振りも一切見せずに。
なのに自分は恐れていただけなのだ。事実を知られて日常が一転してしまうのを。臆病で意気地無しな自分は現実や未来、自分自身さえからも目を背けて逃げていた。
『今まで黙ってて、ごめんね。待っててくれて、ありがとう』
ようやく里紗とも現実とも…自分とも、真正面から向き合えた。胸のつかえも、重くのしかかっていた罪悪感も、スッと消え去った気がした。その後で打ち明けた友人達は信じられないと非常に驚いた顔をし、泣きながら珠結に抱き着く者もいた。比べて里紗の反応は過激だったな、と時々思い出しては笑えてしまう。
こうして今、病人だからと過剰に気を遣わずに、今までどおりに接してくれるのは感謝している。だから気にする価値はない。あの強烈デコピンの後遺症で二日間額がズキズキして、一週間ミミズ腫れが引かなかったことぐらい。
「はー。いくら夏休みで稼ぎ時だからって、こき使われて疲れちゃうよー。部活だって晴れてレギュラーになれたのはいいけど、朝早くからとっぷり暮れるまで練習練習、時々練習試合! それ分かってるはずなのに、店長はシフトにねじ込もうとするし…」
「…大変だね。でも来年は受験生だし、今できることもできなくなっていくんだしさ。里紗らしく前向きに頑張りなよ。ねぇ、1日くらい、どっか遊びに行った?」
「うん! この前ね、息抜きでバイト先の友達4人と海行って来たんだ~。すっごく楽しかったよ! あ、でも…」
「あたしに遠慮とか、変なことは考えないで。純粋に、里紗の楽しいお土産話を聞きたいだけだよ。あたしにも分けてくれたって、いいんじゃない?」
里紗の躊躇う表情が晴れて、意気揚々と話し出す。ああ、本当に楽しくてたまらなかったんだな。‘バイト’、‘海’、‘友達と遊びに行く’どれも今の珠結には縁遠いものばかり。
他にも部活動や旅行など、有意義な過ごし方はいくらでもあるというのに。何一つ叶わないのが今の現状。こんな体じゃなかったら、自分も普通の楽しい夏休みを送っていたはずなのに。
無邪気に笑う、前向きで頑張り屋の里紗。そんな友人を、自分は泣かせかけた。
入院する前日、珠結は約束どおり、真っ先に里紗に全てを話した。里紗は黙ったまま話を聞き終えると珠結の前につかつかと歩み寄り、おもむろに両手を掲げた。左手を珠結の額に置き、中指を人差し指でおもいっきり反らす。珠結が今の状況を理解したのと同時に、「バチイィィン」という見事な効果音が無人の室内にこだました。
すんっごく、痛かった。慰謝料を取れるぐらいに。大袈裟ではない。その強烈デコピンをくらった時、珠結は額を抑えて蹲った。ダメージに耐えながらおそろおそる見上げると、里紗はその場で静かに見下ろしていた。それでも瞳は涙で潤み、泣くまいと震えていた。
『他人のわたしが泣く資格なんて無いもの。珠結は泣いてないのに』
震えた声で、里紗はキッと見つめ返してきた。自分には無い強さを、彼女は持っていた。里紗はひたすら待っていてくれた。気になって仕方が無かったはずなのに、そんな素振りも一切見せずに。
なのに自分は恐れていただけなのだ。事実を知られて日常が一転してしまうのを。臆病で意気地無しな自分は現実や未来、自分自身さえからも目を背けて逃げていた。
『今まで黙ってて、ごめんね。待っててくれて、ありがとう』
ようやく里紗とも現実とも…自分とも、真正面から向き合えた。胸のつかえも、重くのしかかっていた罪悪感も、スッと消え去った気がした。その後で打ち明けた友人達は信じられないと非常に驚いた顔をし、泣きながら珠結に抱き着く者もいた。比べて里紗の反応は過激だったな、と時々思い出しては笑えてしまう。
こうして今、病人だからと過剰に気を遣わずに、今までどおりに接してくれるのは感謝している。だから気にする価値はない。あの強烈デコピンの後遺症で二日間額がズキズキして、一週間ミミズ腫れが引かなかったことぐらい。
「はー。いくら夏休みで稼ぎ時だからって、こき使われて疲れちゃうよー。部活だって晴れてレギュラーになれたのはいいけど、朝早くからとっぷり暮れるまで練習練習、時々練習試合! それ分かってるはずなのに、店長はシフトにねじ込もうとするし…」
「…大変だね。でも来年は受験生だし、今できることもできなくなっていくんだしさ。里紗らしく前向きに頑張りなよ。ねぇ、1日くらい、どっか遊びに行った?」
「うん! この前ね、息抜きでバイト先の友達4人と海行って来たんだ~。すっごく楽しかったよ! あ、でも…」
「あたしに遠慮とか、変なことは考えないで。純粋に、里紗の楽しいお土産話を聞きたいだけだよ。あたしにも分けてくれたって、いいんじゃない?」
里紗の躊躇う表情が晴れて、意気揚々と話し出す。ああ、本当に楽しくてたまらなかったんだな。‘バイト’、‘海’、‘友達と遊びに行く’どれも今の珠結には縁遠いものばかり。
他にも部活動や旅行など、有意義な過ごし方はいくらでもあるというのに。何一つ叶わないのが今の現状。こんな体じゃなかったら、自分も普通の楽しい夏休みを送っていたはずなのに。