あたしが眠りにつく前に
高校生の夏休みはたった3度きり。それでも3年生になれば受験モードに突入し、遊びどころではない。だからこそ今のうちに目一杯遊んでおけ、というのが常識だろう。去年の夏は何をしていたっけ。確か休み前半には補習があり、冷房機器の無い教室でよく机にだれていた。皆で『暑い~』とか『クーラーのある私立が憎らしい』だとかぶつくさ言い合って暑さを紛らそうと無駄な抵抗をした。
何も勉強ばかりの日々ではなかったが、珠結はほとんど家でじっとしていた。睡眠発作が起きた場合を恐れたためだ。学校では眠ってしまってもさほど気に留められないが、外出先ではそうはいかず。周囲に迷惑をかけて、下手すれば異常に気付かれかねない。
そんな事情を知らない友人達は当然のように遊びに誘うも、珠結は泣く泣く誘いを断った。上手く断るための理由を即座に考えてしまう自分に嫌気がさす。でも毎回断るのは不自然。そして何より珠結自身、やはり皆と夏休みを過ごしたかった。
1度だけ、友人達と遊園地に行った。眠気止めの薬を隠し持ち、就寝時間を考慮しての早めに帰宅するという決め事付きで。狭く限定された短いひと時。それでも、楽しくて仕方が無かった。ほんの1年前のことなのに、遠い昔のように思える。
「……でね、もう大変だったの! …お~いっ。聞いてる?」
里紗が珠結の目の前で手を振った。
「聞いてるよ。お友達のマコさんの持ってた花火2本がスカートに引火して、危うく火だるまになるとこだったんだよね」
幸せな思い出を語ることは、一日のほとんどをベッドで過ごす珠結に嫌味や自慢になるのではないかとの遠慮を生む。でも珠結は聞かせてほしいと願う。‘妬ましい’ではなく‘羨ましい’の感情。そこに負の意味は無い。ただ純粋にいいなぁと思う。他の友人達に対しても、変わらない
全く同じ時間など再び訪れはしない。一瞬一瞬が一度きりしかない、貴重な存在(もの)。どんなに愛おしく思っても、時よ止まれと願っても。日々は絶えず移り変わっていく。決して待ってはくれない。
だからこそ人は前を向いて歩くのだろう。一度きりの人生の中で少しでも後悔のないように、今を精一杯生きる。里紗達もそう。今しか訪れないひと時を、言うなれば青春というものを謳歌して。嬉しいことも辛いことも全て受け入れて、彼女達は進んでいく。
皆が各々で過ごす空間を、珠結は話で間接的に知るか、勝手に想像するしかない。似たような経験をすることも、現状では不可能。彼女達が話す姿はいつもキラキラしている。きっと当時は割り増しで輝いていたのだろう。その時の姿を目の前で見られないのが惜しい。
今の自分は立ち止まったまま。できるのはその場で軽くジャンプするぐらいのような、たかがしれたこと。話を聞いて、皆の時間をほんの少しおすそ分けしてもらう。これが唯一の慰め且つ喜び。‘妬ましい’など思うはずがない。
里紗の思い出話が終わると、珠結は少ないながらも病院生活のことを話した。病院食は思ったよりもまずくはない(ここは小声で)とか、担当医も看護師も同室の人も皆優しくしてくれることなど。一番話がはずんだのは、珠結は会ったことはないがこの病院には最強の看護師がいるらしいという噂についてだった。
何も勉強ばかりの日々ではなかったが、珠結はほとんど家でじっとしていた。睡眠発作が起きた場合を恐れたためだ。学校では眠ってしまってもさほど気に留められないが、外出先ではそうはいかず。周囲に迷惑をかけて、下手すれば異常に気付かれかねない。
そんな事情を知らない友人達は当然のように遊びに誘うも、珠結は泣く泣く誘いを断った。上手く断るための理由を即座に考えてしまう自分に嫌気がさす。でも毎回断るのは不自然。そして何より珠結自身、やはり皆と夏休みを過ごしたかった。
1度だけ、友人達と遊園地に行った。眠気止めの薬を隠し持ち、就寝時間を考慮しての早めに帰宅するという決め事付きで。狭く限定された短いひと時。それでも、楽しくて仕方が無かった。ほんの1年前のことなのに、遠い昔のように思える。
「……でね、もう大変だったの! …お~いっ。聞いてる?」
里紗が珠結の目の前で手を振った。
「聞いてるよ。お友達のマコさんの持ってた花火2本がスカートに引火して、危うく火だるまになるとこだったんだよね」
幸せな思い出を語ることは、一日のほとんどをベッドで過ごす珠結に嫌味や自慢になるのではないかとの遠慮を生む。でも珠結は聞かせてほしいと願う。‘妬ましい’ではなく‘羨ましい’の感情。そこに負の意味は無い。ただ純粋にいいなぁと思う。他の友人達に対しても、変わらない
全く同じ時間など再び訪れはしない。一瞬一瞬が一度きりしかない、貴重な存在(もの)。どんなに愛おしく思っても、時よ止まれと願っても。日々は絶えず移り変わっていく。決して待ってはくれない。
だからこそ人は前を向いて歩くのだろう。一度きりの人生の中で少しでも後悔のないように、今を精一杯生きる。里紗達もそう。今しか訪れないひと時を、言うなれば青春というものを謳歌して。嬉しいことも辛いことも全て受け入れて、彼女達は進んでいく。
皆が各々で過ごす空間を、珠結は話で間接的に知るか、勝手に想像するしかない。似たような経験をすることも、現状では不可能。彼女達が話す姿はいつもキラキラしている。きっと当時は割り増しで輝いていたのだろう。その時の姿を目の前で見られないのが惜しい。
今の自分は立ち止まったまま。できるのはその場で軽くジャンプするぐらいのような、たかがしれたこと。話を聞いて、皆の時間をほんの少しおすそ分けしてもらう。これが唯一の慰め且つ喜び。‘妬ましい’など思うはずがない。
里紗の思い出話が終わると、珠結は少ないながらも病院生活のことを話した。病院食は思ったよりもまずくはない(ここは小声で)とか、担当医も看護師も同室の人も皆優しくしてくれることなど。一番話がはずんだのは、珠結は会ったことはないがこの病院には最強の看護師がいるらしいという噂についてだった。