あたしが眠りにつく前に
 ひとしきり話し終えたところで、二人はゼリーカップをごみ箱に落とした。ごみ箱の底にぶつかる音がはっきり聞こえた。気づけば里紗が来てから1時間半が経過していた。

「さて、もうすぐ来るかなー」

 時計を見ると、里紗はペットボトルのお茶やタオルをバッグにしまいだした。

「来るって…誰が?」

「それは来てのお楽しみ。じゃあ、わたしはそろそろ帰ろうかな。楽しかったから、つい長居しちゃった」

「こっちこそ、里紗が来てくれてすごく楽しかった。また色んな話、聞かせてね」

 里紗がぎゅーっと抱きつき、珠結もお返しとばかりに抱きつく。

「また近いうちに、会いに来るから。それとね、無理しなくてもいいけど、できれば起きてて。来辛かったみたいだけど、珠結が起きてるならって。驚くだろうけど、会ってあげて」

 これから来るだろう人のことを言っているのだろう。里紗は変わらない人懐っこい笑顔を残して、病室を去っていった。

 いったい誰なのだろう。何が何でも眠ってはならない。心中複雑だが、あれでもするか。サイドボードの引き出しにしまっていた悪夢の雑誌を取り出し、珠結はペチペチと頬を叩いた。

悪戦苦闘の末、結局成果の出ないまま20分。「やはり駄目だ」と撃沈していると、控えめなノックの後にドアが開いた。病室に入ってきたのは、里紗が言ったとおりの珠結が驚く人物だった。

「突然、ごめんなさい。……永峰さん」

 カナリー色の控えめな花柄ワンピースに身を包んだ香坂絵里菜は、見るからにオドオドとしていた。久々に見る彼女の髪は、以前よりも短くなっていた。夏らしくていい。綺麗な子は、どんな髪型をしていても映える。

「…あーっと、遠いところ、来てくれてありがとう。暑かったでしょ、座って?」

 さっきまで里紗が座っていた椅子に促す。絵里菜がおずおずと腰掛けるのを見届け…沈黙。どうしよう、気まずい。こっちには帆高のことといい、突撃お宅訪問といい後ろめたい事情がありますもので。絵里菜は俯いて、鞄の持ち手を跡が付くんじゃないかってぐらいに強く握り締めている。

珠結のグルグルする頭は、冷蔵庫にまだ里紗のお見舞いゼリーが残っているのを思い出した。食べ物の力はいつだって無敵なのだから、突破口に利用できよう。ああでも、イチゴのは食べてしまった。イチゴコロンを愛用する彼女のことだからきっと、と後悔していると。

「永峰さん、本当にごめんなさい!!」

 急に立ち上がり見事な90度のお辞儀をもって、絵里菜が叫んだ。

「はい!? いや、ちょっと! とにかく落ち着こう! ね?」

 何事!? とテレビから目を向けてきた老婦人に、再び会釈。絵里菜の手首を掴んで、再び座らせる。

「私、最低だった。永峰さんの居ないところで酷い事言ったし、振られるって分かってたのに、一之瀬君には八つ当たりして。勝手にウジウジしてたら変な噂立てられて、すごい迷惑かけちゃって!! それで二人の仲もメチャメチャになって…」
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