あたしが眠りにつく前に
彼は手際よくバラを清めていく。花瓶も念入りに洗い、見栄え良く生けなおす。生気を取り戻したように、すっかりと見違えた。
「でも、何もしないよりはずっとマシだ。繰り返さなければいい。…今度こそ、守ればいい」
強い思いを宿した瞳に、うっすらとした綺麗な微笑。惹かれないはずがなかった。それからは、ずっと彼を見ていた。廊下ですれ違っただけでも胸が弾んだ。彼のことを何でも知りたくなった。そして、思い知る。
彼はただ一人しか、視ていない。彼の幼馴染の少女。どんなに可愛い女の子に言い寄られても、ただ偏に拒む。いつも彼は、彼女の傍にいた。 それでも諦められなくて、少しでも彼に近づきたくて。勉強と運動に励み、陰でこっそりとメイクの勉強をした。ファッション雑誌も買い漁った。おかげでまず外見だけは高校デビューに間に合った。そして気持ちを奮い立たせて明るく優しく努め、友達もたくさんできた。
いつしか自分に自信が付き、彼と同じ委員会に入れた時は天にも昇る心地だった。共通する趣味の読書を通して接点が増え、うぬぼれてしまった。彼が誰にも‘優しい’のは分かっていたはずなのに、止まらなかった。
「いやあ~、青春だね」
「永峰さん、おじさんくさい。うう、恥ずかしい…」
「香坂さんって、中身も可愛くて一生懸命なんだね。彼女にしたい子ナンバー1でモテモテなのも分かるよ、うん。あたしが男でも惚れちゃうな。はい、お疲れ様! そこの冷蔵庫にゼリーがあるから、どーぞ。里紗がくれたの」
ああ、杉原さんが。するとなぜか、彼女が固まった。
「あ、忘れてた! これ…」
絵里菜が慌てて白い箱を渡してきた。中を覗けば、透明な容器に入った白と薄ピンクの。
「イチゴミルクプリン!? わ、わ。嬉しい! ありがとう!!」
「永峰さん、好きだと思って。地元のケーキ屋さんので、おいしくて評判なの。テレビにも出てたぐらい」
一緒に入っていた保冷剤は柔らかくなっていたが、物自体はいい具合に冷えている。デザートは2個目になるが構わない。さっきのゼリーといい、このイチゴミルクプリンといい、甘いものは格別だ。体重はむしろ増えた方がいいくらいだ。それに、起きているうちに食べておかなくてはいけないのもある。今でないと、賞味期限内に口にできる保障はない。
「あれ、もう一つは…」
同じ形の容器に入った、コーヒーゼリー。テイストがかなり違う。
「それは一之瀬君の分。しょっちゅう来るんだよね」
賞味期限は3日後。彼なら、きっと間に合う。
「好み、分かってるね」
「コツコツと調査したから。これはいつかのお詫びのつもりって言っといて? あれ…スプーン入ってなかった? どうしよう!」
「まだ使い捨てのが残ってたような…。ここだっけかな?」
ここかそこかと引き出しを開けていると、「わ!」と声がした。黄色と黒のシルエットが目の前をよぎり、すぐ横の窓ガラスにぶつかると桟へずり落ちていった。
「でも、何もしないよりはずっとマシだ。繰り返さなければいい。…今度こそ、守ればいい」
強い思いを宿した瞳に、うっすらとした綺麗な微笑。惹かれないはずがなかった。それからは、ずっと彼を見ていた。廊下ですれ違っただけでも胸が弾んだ。彼のことを何でも知りたくなった。そして、思い知る。
彼はただ一人しか、視ていない。彼の幼馴染の少女。どんなに可愛い女の子に言い寄られても、ただ偏に拒む。いつも彼は、彼女の傍にいた。 それでも諦められなくて、少しでも彼に近づきたくて。勉強と運動に励み、陰でこっそりとメイクの勉強をした。ファッション雑誌も買い漁った。おかげでまず外見だけは高校デビューに間に合った。そして気持ちを奮い立たせて明るく優しく努め、友達もたくさんできた。
いつしか自分に自信が付き、彼と同じ委員会に入れた時は天にも昇る心地だった。共通する趣味の読書を通して接点が増え、うぬぼれてしまった。彼が誰にも‘優しい’のは分かっていたはずなのに、止まらなかった。
「いやあ~、青春だね」
「永峰さん、おじさんくさい。うう、恥ずかしい…」
「香坂さんって、中身も可愛くて一生懸命なんだね。彼女にしたい子ナンバー1でモテモテなのも分かるよ、うん。あたしが男でも惚れちゃうな。はい、お疲れ様! そこの冷蔵庫にゼリーがあるから、どーぞ。里紗がくれたの」
ああ、杉原さんが。するとなぜか、彼女が固まった。
「あ、忘れてた! これ…」
絵里菜が慌てて白い箱を渡してきた。中を覗けば、透明な容器に入った白と薄ピンクの。
「イチゴミルクプリン!? わ、わ。嬉しい! ありがとう!!」
「永峰さん、好きだと思って。地元のケーキ屋さんので、おいしくて評判なの。テレビにも出てたぐらい」
一緒に入っていた保冷剤は柔らかくなっていたが、物自体はいい具合に冷えている。デザートは2個目になるが構わない。さっきのゼリーといい、このイチゴミルクプリンといい、甘いものは格別だ。体重はむしろ増えた方がいいくらいだ。それに、起きているうちに食べておかなくてはいけないのもある。今でないと、賞味期限内に口にできる保障はない。
「あれ、もう一つは…」
同じ形の容器に入った、コーヒーゼリー。テイストがかなり違う。
「それは一之瀬君の分。しょっちゅう来るんだよね」
賞味期限は3日後。彼なら、きっと間に合う。
「好み、分かってるね」
「コツコツと調査したから。これはいつかのお詫びのつもりって言っといて? あれ…スプーン入ってなかった? どうしよう!」
「まだ使い捨てのが残ってたような…。ここだっけかな?」
ここかそこかと引き出しを開けていると、「わ!」と声がした。黄色と黒のシルエットが目の前をよぎり、すぐ横の窓ガラスにぶつかると桟へずり落ちていった。