あたしが眠りにつく前に
「やだ。自力で解けるもん。それに帆高、読書中に話しかけると機嫌悪くなるじゃない」
駄々っ子のようだが、帆高の上から目線の口調に意地を張りたくなる気持ちは分かってほしい。誰かに。誰でもいいから。
実際に帆高の方が状況的に上だとしても。そして、「あと…」と別の話を持ち出してしまう面倒くささも。
「いつも言ってるけど、いい加減授業中に睨み付けてくるのやめてくれないかな。さっきもさっきで、ビシビシ刺さって痛いったらないのよ」
そう、6限の数学で感じた鋭い視線は帆高によるもの。そこに憎悪や敵意は全く含まれていない、負のものではないことは当然分かっている。ただ。
「だから別に睨んでないって。ちゃんと答えられるか気にかかってただけで、なんでそこまで言われなきゃなんないんだ」
「帆高の場合は単なる直視の域じゃないのっ。何しろあんたは“魔眼の一之瀬”なんだから!」
またか、と帆高は目元に手を当ててそっぽを向く。自分の瞳を話題に出された時の、彼の癖。
元から帆高の瞳は凛とした強い印象を持たせ、それは一度見ただけでも決して忘れられないような代物だった。
そのうえに端整な顔立ちと切れ長の目元がそろっているのだから、効果は尚更倍増する。それは同年代だけでなく大人にまで及ぶほどである。
“一之瀬帆高の瞳には魔物が住み着いている”
そう大々的に囃されるようになったのは5月の頃。運動シューズを忘れたクラスメートを延々と叱りつける体育教師に痺れを切らし、つい帆高が睨みつけたせいだった。
目が合うと途端、説教をやめたところまでは良かった。だが厳つい図体と気性の荒さから鬼とも囁かれていた彼が、なんとボロボロと涙を流し始めた。誰もが呆気に取られ、教師が極端な隠れビビリであったのが帆高にとって運の尽きだった。
帆高にとっては、苛立たしさのあまりのガン飛ばしのつもりだった。ところが目ざとい生徒が教師は帆高の目を見て怯えたことに気づき、その威力なんたらを学年中に広めてしまった。
そこから複数の呼称が誕生して普及し、現在は“魔眼の一之瀬”一本で定着している。
「ったく…誰が付けたんだよ、趣味悪い。人を何だと思ってるんだ」
「いや、あたしもそのネーミングには納得だね。名付け親には拍手でしょ。さぁ、もう認めろ。眼力魔王」
「断固拒否。絶対周りが過剰に反応してるだけだ。で、以前のヤツを掘り返すなっつの!」
頭を小突かれ、珠結は不満げに睨み返す。向こうからぶつかっておいて絡んできた、いかにもな他校生(たぶん上級生)4人をひと睨みで蹴散らした人間が何を惚けたことを。
「珠結なら分かるだろ? コンプレックス突かれて、変なあだ名付けられて、さんざからかわれる気持ちが」
「は、まさか。帆高のはどう考えたって称号でしょうが。共感できるわけないじゃん。“魔眼使い”さん?」
駄々っ子のようだが、帆高の上から目線の口調に意地を張りたくなる気持ちは分かってほしい。誰かに。誰でもいいから。
実際に帆高の方が状況的に上だとしても。そして、「あと…」と別の話を持ち出してしまう面倒くささも。
「いつも言ってるけど、いい加減授業中に睨み付けてくるのやめてくれないかな。さっきもさっきで、ビシビシ刺さって痛いったらないのよ」
そう、6限の数学で感じた鋭い視線は帆高によるもの。そこに憎悪や敵意は全く含まれていない、負のものではないことは当然分かっている。ただ。
「だから別に睨んでないって。ちゃんと答えられるか気にかかってただけで、なんでそこまで言われなきゃなんないんだ」
「帆高の場合は単なる直視の域じゃないのっ。何しろあんたは“魔眼の一之瀬”なんだから!」
またか、と帆高は目元に手を当ててそっぽを向く。自分の瞳を話題に出された時の、彼の癖。
元から帆高の瞳は凛とした強い印象を持たせ、それは一度見ただけでも決して忘れられないような代物だった。
そのうえに端整な顔立ちと切れ長の目元がそろっているのだから、効果は尚更倍増する。それは同年代だけでなく大人にまで及ぶほどである。
“一之瀬帆高の瞳には魔物が住み着いている”
そう大々的に囃されるようになったのは5月の頃。運動シューズを忘れたクラスメートを延々と叱りつける体育教師に痺れを切らし、つい帆高が睨みつけたせいだった。
目が合うと途端、説教をやめたところまでは良かった。だが厳つい図体と気性の荒さから鬼とも囁かれていた彼が、なんとボロボロと涙を流し始めた。誰もが呆気に取られ、教師が極端な隠れビビリであったのが帆高にとって運の尽きだった。
帆高にとっては、苛立たしさのあまりのガン飛ばしのつもりだった。ところが目ざとい生徒が教師は帆高の目を見て怯えたことに気づき、その威力なんたらを学年中に広めてしまった。
そこから複数の呼称が誕生して普及し、現在は“魔眼の一之瀬”一本で定着している。
「ったく…誰が付けたんだよ、趣味悪い。人を何だと思ってるんだ」
「いや、あたしもそのネーミングには納得だね。名付け親には拍手でしょ。さぁ、もう認めろ。眼力魔王」
「断固拒否。絶対周りが過剰に反応してるだけだ。で、以前のヤツを掘り返すなっつの!」
頭を小突かれ、珠結は不満げに睨み返す。向こうからぶつかっておいて絡んできた、いかにもな他校生(たぶん上級生)4人をひと睨みで蹴散らした人間が何を惚けたことを。
「珠結なら分かるだろ? コンプレックス突かれて、変なあだ名付けられて、さんざからかわれる気持ちが」
「は、まさか。帆高のはどう考えたって称号でしょうが。共感できるわけないじゃん。“魔眼使い”さん?」