あたしが眠りにつく前に
 その前に倒すべきは、これだ。

「やーっと、半分までいったぁ! もー、1つの問題で設問の時代はバラバラだから、探すの大変だったらない!」

 メモで母親に頼んで持ってきてもらっていた日本史の教科書は、絶賛活躍中である。あっちに飛んでは、こっちに飛んで。ページをめくる音が止むことはない。帆高も読書に戻って、数分。

「…どこを探しても、載ってないんだけど。こういうのって、アリ? この教科書、文部科学省認定なのに、こんなことってあるの!?」

 本を閉じ、帆高も雑誌を覗き込む。クロスワードは残り約3分の1。専門教材を使った上でこれが中級レベルの問題とは、ちゃんちゃらおかしくはないだろうか。

「…これ、分かる?」

‘廬舎那大仏の開眼供養において導師を務めたインドの僧は?’

 大仏の開眼など、奈良大仏しか思い当たらない。だとしても、僧の名前までは習っていなかったはず。いくら帆高といえ、教科書に載っていないことが分かるはずがなかろう。珠結はダメ元で聞いてみたのだけれども。

「あぁ、菩提僊那(ぼだいせんな)か。…マニアックの名に恥じない設問だな。さすが」

 帆高はあっさりと答え、感心しながら雑誌を手にとる。

「…え、何で分かるの。習ったっけ!?」

「いや、用語集に載ってた。珠結がいない時に、先生が個人的に薦めてたやつ。いずれ受検に使うことになるだろうから、買っといた。ま、菩提僊那なんて、たしか頻度1だったし知らなくて当然だけど」

 白マスは6文字分。3つ目と最後のマスには既に‘イ’と‘ナ’が入っている。正しいかどうか確かめる術は、この場には無い。だが帆高の平然とした様子と一致する文字を見れば、そうするまでもないに違いない。

「ちなみに…これ、何て読む?」

「‘るしゃな’。東大寺大仏って書かない所が一癖あるよな」

「……」

「珠結?」

「あーーー! もう嫌、帆高のバカぁ~!!」

 スパン。雑誌は衝撃と同伴して珠結の頭に返ってきた。

「うるさい。人に聞いて答えをもらっといて、馬鹿とは何だ」

「スミマセン。帆高との差を痛切に思い知ったがゆえの暴言でした。…帆高、やる?」

「俺は全然構わないけど、珠結がもらったんだから珠結がやるのが筋だろ」

「分かってますー! 言ってみただけっ。…あのさー、今度来る時にその用語集貸してくれない? 頼みついでに、この問題の残りだけやらない?」

 はいはい。帆高はスイスイとペンを走らせて、瞬く間に全てのマスを埋めてしまった。珠結の苦労は何だったのか。むなしさ半分、脱力感半分。

さて仕上げとして、二重マスの文字を並び替えて言葉を作る。合計7文字。こればかりはと、意気込む珠結の方がひらめくのは早かった。

‘レキシダイスキ’

 くたばってしまえ。
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