あたしが眠りにつく前に
 とりわけ里紗は日々の出来事を次から次へと話すので、テープの残量を大きく減らし、2個目に突入させるぐらいである。珠結にとって、これは希望の綱。自分は学校にいなくても、友人達のメッセージを聞いて自分もそこにいるような感覚に浸りたい。

病院での生活に慣れてきて、時折自分は高校生であることを忘れてしまっている。これらのテープは自分と高校を結び付ける貴重な代物。当然彼女達には感謝しているし、言い尽くせない。だからこれ以上のことなど、どうして望めようか。

「…もう秋なのよね」

 彼女は窓の外を眺めながら呟く。街へと続く坂沿いの銀杏並木は色付き、吹く風に従ってひらひらと舞い落ちたり舞い上がったり。遠くの山々はすっかり紅く染まっている。

眼下の中庭の木々の葉は夏の青葉と一転、随分くすんでしまった。降り積もった落ち葉をかき集めるのは、さぞ骨が折れるだろう。珠結は相槌を打ってから、枕元に置いてあったワニのぬいぐるみを手にとって抱きしめる。

帆高が残していったメモ曰く、文化祭の射的で当てたという。ウサギやクマなど、かわいらしさでお馴染みのものをあえて狙わなかったのが彼らしい。

「ねぇ珠結。起きていられてたら、皆の応援に行こっか」

「…え?」

 ワニがポロッと滑り落ちた。珠結は口をポカンと開けて母を見る。

「競技には出られないけど、観客席で応援ならできるでしょ。ううん、それだけじゃなくて…家、帰ろう」

「…!? でも…」

「といっても期間限定の1週間くらいで、先生からの許可は何としても取る。…本当は完全に退院させたいけどね」

「でもお母さん、本当にいいの? そんなに休んだら、クビにならない? それにお母さんの体も壊れちゃうって!」

 応援に行けるのも久々に家に帰れるのも、とても嬉しいことに違いはない。それでも珠結は意志に反論する。これで母が職を失えば、生活していけなくなる。

ただでさえ母は、仕事帰りに毎日長い時間をかけて面会に来てくれる。仕事のシフトの調整に関して会社とギクシャクしそうなものを分からないほど、珠結は子供ではない。

「そんなの気にすることじゃないったら。あたしだっていい加減休みたいと思ってたし、安月給で散々こき使われてるんだから、これくらい許されるでしょ。それでも辞めろって言ってくるなら、こっちから辞表たたき付けてやるわよ」

「今は不景気なんだし、次の仕事なんて簡単に見つからないよ」

「大丈夫よ。その時はその時、根性で見つけてみせる。貯金だってそれなりにある。それに、この1週間はあたしのためにとるようなものだもの」

 明るく笑って返していた彼女は、ふっと真面目な顔になった。なおも食い下がろうとした珠結は押し黙る。

「そんな体なのに、今まであんたに何もしてこなかった。いつも仕事ばかりで寂しい思いをさせて…駄目な母親よね」
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