あたしが眠りにつく前に

*託し消えゆく願いなら

 数年ぶりに、夢を見た。

 小さな男の子がこちらを見上げてくる。不安そうで泣き出しそうな顔の彼に、自然と手を伸ばしていた。彼もおずおずと手を伸ばす。指先が触れ、手と手が繋がるその前に。

「―――ゆ」

 幼児には似つかわしくない低めの声が、彼の口から漏れ聞こえた。

「珠結? 寝てたのか。道理で静かだと思った」

「転寝レベルだよ。浅かったから呼んでるの、何となく聞こえた」

「まだ昼間だからって、最近は冷えてきたんだし、風邪ひくぞ」

 目下には手入れの行き届いた和風の庭。キンモクセイの香りが漂い、紅白の山茶花は惜しげもなく花をつけている。ポチャン。甕の中の金魚が跳ねた。

背を預けている安楽椅子は心地よく揺れる。ゆりかごの中の赤ん坊のような感覚だから、容易く睡魔につけ込まれる。

「夢を見てたの」

「珍しいな。いつもは何も覚えていないって言ってるのに」

「昔の夢だった。あたしが高い位置でツインテールしてて、赤いチェックのワンピースがお気に入りだった、あの頃。ここに来るのが久しぶりだからってのもあるだろうけど、これに座ってたからかもね。だから夢の中でも遡っちゃったみたい」

 珠結の住むアパートには縁側も安楽椅子もない。帆高の家に来たのは、小学生以来だった。幼稚園児の頃、この安楽椅子によく座っていた。ユラユラ揺れるのが面白くて、特等席にしていた帆高の祖母は笑って譲ってくれた。時には帆高と取り合いになったこともあったっけ。

「待ってろ、毛布でも取ってくる」

「いいよ。そろそろ、そっち行…あっ」

 立ち上がる際に足元がよろけて、珠結の体は庭へと大きく傾いた。目を固く閉じて走るであろう痛みに身構えるも、衝撃は一向にやってこない。恐る恐る目を開けると、叩きつけられていたはずの地面が迫っていた。

「油断も隙もない…! 高さは大したこと無くても、打ち所が悪ければ即死だぞ! 何遍危険な目に遭えば気が済むんだ、この阿呆!!」

 珠結の腰には帆高の腕が回されて引き戻され、危機一髪の状況を回避していた。心臓はバクバクと痛む。

「ごめん…。助かった」

「あー、心臓止まるかと思った。勘弁してくれよ」

 耳元にダイレクトに響く帆高の声に、珠結の体は硬直した。吐息は耳にかかり、珠結の踏ん張りかけていた足が力を失う。背中には帆高の胸板の固さと心臓の激しい鼓動を感じ、全身には熱いぐらいの体温が伝わってくる。

この状況はズバリ、後ろから抱きしめられているということで。珠結は顔がブワアッと熱くなるのを感じた。

「ほ、帆高。もう大丈夫だから」

「却下。珠結の大丈夫は信用できないからな」

 腰を抱えられたまま、珠結は畳の座敷へとズルズル引きずられた。

「体冷えて…というよりも熱いか? はあ、言わんこっちゃない。体温計は…」

「違う、違うから! 早く離してっ」
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