あたしが眠りにつく前に
帆高の家を出て10分ほど歩くと、民家から離れて石造りの鳥居がひっそりと立っていた。さらに近づいてみれば鳥居は思いのほかこじんまりとし、垂れ下がった注連縄は帆高が背伸びすれば触れられるぐらいだった。
奥に続く石段は深い鎮守の杜に囲まれて薄暗く、高さはそれほどでもなさそうだが上の様子は見ることができない。
「こんなところに神社があるなんて、知らなかった。この辺、何度か通ったことあるのに」
「見ての通り、目立つ神社じゃないからな。周りは家も少ないし、もう少し行けば大きくて立派な神社があるから、皆そっちに行きがちなんだよ」
帆高の言う大きい方の神社は、小学生の時に行ったことがあった。年に一度の夏祭りの日は無数の屋台が立ち並び、人の波で賑わった。眠い目を擦りながら友達と石段に腰掛て花火を見たのは、記憶の彼方。夜空も闇の中を輝く花火も、今ではとんとお目にかかれない。
帆高は感慨深げに石そのままの色をした鳥居の柱を撫で、珠結は鳥居の両側に立つ石灯籠を眺めていた。全体的にシンプルな造りだが、刻まれた文様は丁寧で凝っており、ほうっと息をつくほどだ。
「段数はそこそこだけど急だ。上れるか」
「平気。じゃ、行こう」
「待て。潜る前に小揖」
「ショウユウ?」
「小さく頭を下げること」
「ああ、そうか」
鳥居を潜って石段を登っていく。鳥居は神社の境域と共に俗世界と神域を区切る境界を示す役割も持つ。鳥居を潜れば、身に纏った穢れが落とされる。身体が清められていく、珠結は不思議と心地よさを感じていた。
石段を上りきると、ほんの数mの参道の先に本堂が佇んでいた。鳥居や石灯籠から想像したとおり、小規模で質素な造りだった。全体的に褐色で、神社としてよくイメージする魔よけの朱と白の彩りはどこにも見られない。
良く言えば歴史を感じさせる、まさに地元の神社。悪く言えば廃れて落ちぶれてしまった廃墟に近い。境内には誰一人、野良猫一匹おらず静まり返っていた。
向かって左の手水舎の屋根は、ところどころ穴が開いていて空が見えた。ひび割れた龍の口から水が流れ出している。施設の外見とは逆に設置されている柄杓には汚れ一つ無く、水盤の水は底が見えるほど澄んでいた。
帆高は水面に浮かんでいた落ち葉を取り除くと、慣れた所作で身を清めていく。左手の次に右手を洗い、左掌に水を受けて口を漱ぎ、もう一度左手を洗って最後に柄杓の柄を立てて柄杓自体を清める。
珠結も帆高に倣って一連の行動に入る。普段は口を漱ぐのを省略し、誤ったやり方で柄杓を清めるのを思い出して恥ずかしくなる。日本人なのに、正しい手順を知らなかった自分は非常識で、帆高が常識人なのか。小揖なんて言葉を知っているのは、ある意味常識外れだろうが。
最後に水口の龍に水をかけると、鮮やかな緑青色が浮かび上がった。
奥に続く石段は深い鎮守の杜に囲まれて薄暗く、高さはそれほどでもなさそうだが上の様子は見ることができない。
「こんなところに神社があるなんて、知らなかった。この辺、何度か通ったことあるのに」
「見ての通り、目立つ神社じゃないからな。周りは家も少ないし、もう少し行けば大きくて立派な神社があるから、皆そっちに行きがちなんだよ」
帆高の言う大きい方の神社は、小学生の時に行ったことがあった。年に一度の夏祭りの日は無数の屋台が立ち並び、人の波で賑わった。眠い目を擦りながら友達と石段に腰掛て花火を見たのは、記憶の彼方。夜空も闇の中を輝く花火も、今ではとんとお目にかかれない。
帆高は感慨深げに石そのままの色をした鳥居の柱を撫で、珠結は鳥居の両側に立つ石灯籠を眺めていた。全体的にシンプルな造りだが、刻まれた文様は丁寧で凝っており、ほうっと息をつくほどだ。
「段数はそこそこだけど急だ。上れるか」
「平気。じゃ、行こう」
「待て。潜る前に小揖」
「ショウユウ?」
「小さく頭を下げること」
「ああ、そうか」
鳥居を潜って石段を登っていく。鳥居は神社の境域と共に俗世界と神域を区切る境界を示す役割も持つ。鳥居を潜れば、身に纏った穢れが落とされる。身体が清められていく、珠結は不思議と心地よさを感じていた。
石段を上りきると、ほんの数mの参道の先に本堂が佇んでいた。鳥居や石灯籠から想像したとおり、小規模で質素な造りだった。全体的に褐色で、神社としてよくイメージする魔よけの朱と白の彩りはどこにも見られない。
良く言えば歴史を感じさせる、まさに地元の神社。悪く言えば廃れて落ちぶれてしまった廃墟に近い。境内には誰一人、野良猫一匹おらず静まり返っていた。
向かって左の手水舎の屋根は、ところどころ穴が開いていて空が見えた。ひび割れた龍の口から水が流れ出している。施設の外見とは逆に設置されている柄杓には汚れ一つ無く、水盤の水は底が見えるほど澄んでいた。
帆高は水面に浮かんでいた落ち葉を取り除くと、慣れた所作で身を清めていく。左手の次に右手を洗い、左掌に水を受けて口を漱ぎ、もう一度左手を洗って最後に柄杓の柄を立てて柄杓自体を清める。
珠結も帆高に倣って一連の行動に入る。普段は口を漱ぐのを省略し、誤ったやり方で柄杓を清めるのを思い出して恥ずかしくなる。日本人なのに、正しい手順を知らなかった自分は非常識で、帆高が常識人なのか。小揖なんて言葉を知っているのは、ある意味常識外れだろうが。
最後に水口の龍に水をかけると、鮮やかな緑青色が浮かび上がった。