あたしが眠りにつく前に
 リーン ゴーン

 下校を促すチャイムが鳴る。場所が場所なだけに鼓膜に痛いほど響くその音は、二人にとっては慣れたものだ。

「んあー!? まだ全然できてないのに~っ!!」

「無駄口叩いてるからだ。ほら、まずここの値を出してそれを2の公式に代入するんだよ」

「あぁ、そっか…。やっぱり4教科はキツイか、英語が丸々残ってるよ…。うわ!?」

 肩を落として項垂れる珠結の膝に、何かが投げ出された。ブロンドの髪に青い瞳をした男女5人がこちらに笑いかける写真が表紙の‘English Learning’。

「テキストの訳はもうそのまま写せば済むとして。今日のワークの宿題、結構ページあるから。どうしても分からなかったら見ろ」

 帰り支度をしながら、帆高がそっけなく告げる。視線を合わせないのは、わざとだ。

「わ、助かる! あれ? 今日の宿題なのに何でもう終わってんの」

「珠結が来るまでに終わらせた」

「早すぎるでしょ…。帆高の頭って、どうなってんのよ。よし、あたしもさっさと終わらせないとね。でも、意識もつかなぁ」

 ここのところの就寝時間は夜になる手前の時間帯。珠結の寝たくない意志は常に無視されている。 

「間に合わなかったら、授業はそれ使え」

「は!? 何言ってんの? そんなこと…」

「俺は無くても大丈夫だから。ほら、帰るぞ」

「でも」

「早く片付けろ」

 帆高は自分の荷物をまとめると、さっさと立ち上がった。

 前言撤回宣言、撤回する。なんだかんだで、彼は優しいのだ。彼の存在の大切さを常々しながらも性悪の部分に面すれば憤り、そしてさりげない優しさを感じれば撤回する。それを今まで何百回も繰り返している自分は、なんて単純なのだろう。

 部活動終わりの生徒たちのガヤガヤとした喧騒がここまで届いてくる。立ち上がってスカートをはたいた時、帆高はすでにドアへと向かっていた。

「わ、待って待って」

 珠結は慌てて駆け出し、帆高を追い抜いてドアをくぐる。すぐ後に続いて帆高もドアをくぐり、ノブに手を掛ける。

「あのさ、何でいつも俺より早く出ようとするわけ? 別に閉じ込めてやろうとか思ってないし」

「別に、何となくね。はい、早く閉めた閉めた!」

 ギィィィィ  バタン

 静まり返った校舎内に響く不快な閉鎖音。錆び付いているため、慎重にしてもこれ以上は抑えられない。それでも今まで人に見つかったことは無い。

 ガチャガチャと施錠の音がする。なぜか帆高はいつもその手順を見せてくれない。開錠の方法も然りで、彼曰く“企業秘密”なのだそうだ。
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