あたしが眠りにつく前に
「…探せばいるだろ、どっかに。学年中に聞いてみれば、一人ぐらいは見つかるんじゃないか。別に好きとまでは言わなくても、好きじゃないって思うぐらいでOKじゃないか? 前も言ったが、まずは授業をしっかり聞くように…」

「無理だよ。そんなの」

 デモデモダッテも子供の特徴。こじらせて長引きそうな気もしたが、帆高は訳を促す。

「何で無理なんだ?」

「だって、すぐ眠くなるし…」

「……はぁ?」

「ほら、1時間目とか給食の後の授業って、ついついウトウトしちゃうでしょ? 眠気ってセイリゲンショウだから、起きて当然のことなんでしょ? テレビで見たことあるよ!」

 水を得た魚ばりに少年は、大真面目な顔で言い切る。それは正論なのだと胸を張っているかのように。

「だったら、それ以外の時間なら真剣に授業聞いてるのか?」

 肘を突いて呆れる兄に、少年は口を尖らせてぼやく。

「うーん、でも。体育と違って勉強はつまんないし。1時間ずっと座ってて退屈だし。だからやっぱり眠くなったりとか、友達とお喋りしたくなったり…。しょうがないじゃん。せんせいもそう思うことあるでしょ?」

 弟の言い分は、物も言いたくなくなるような幼稚なものだ。いくら小学生とはいえ、高学年にもなっている。まさかこんな低学年がイヤイヤとごねているようなことを、平気で言いのけるなんて兄として恥ずかしい。

きっと先生も呆れ切っていることだろう。そろそろ黙らせるか。先生の頭をますます痛めさせたくないし、これ以上こいつに喋らせておくのは我が家の恥だ。そう決めた彼が猶も噤まない口を塞ごうとした時、空気が張り詰めていることに気が付いた。

「つまりは、眠くなるから勉強できない。そう言いたいんだな」

 帆高の顔は能面を貼り付けているようでいて、その声は酷く平坦だった。この状態の帆高を初めて目の当たりにする兄弟には、彼の感情が読めない。そのヤンチャさで両親でも手を焼いている少年でさえ、凍り付いて口が塞がらない。

彼らが唯一分かるのは、自分達が今抱えているのは恐怖だということ。

「違うだろ。単に勉強したくないからっていう、くだらないワガママだろ。嫌いっていうわけではないよな。嫌いだって思うほど、真剣に取り組んだこと無いんだから。要は逃げてるだけなんだよ。それを眠気のせいにしてるだけ。違うか?」

「甘ったれるな。お前は誰が見たって普通なんだ。勉強自体を否定的に思っていても、しようと思えばできるんだ。朝が眠いなら、前日の夜は早く寝れば良い話だ。眠くなりそうだと前もって分かるんなら、休み時間中に寝とけ。それか顔を何度も洗って覚ましとけ。それでもダメなら手の甲でも抓ってでも、目をこじ開けろ。耳を研ぎ澄ませて、一言一句聞き漏らさないよう集中しろ。こんな単純なことでな、お前の言う‘しょうがないこと’は‘しょうがなくないこと’になるんだよ」
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