あたしが眠りにつく前に
日が短くなって薄暗くなった夕空に、五時を知らせるサイレンが鳴る。それは同時に帆高のバイト終了を知らせる合図でもある。「今日はここまで」と宣言すれば、少年がテーブルに突っ伏した。
「…僕、今日だけで一生分の勉強した気がする。せんせいって双子なの? 今日のせんせいは前来たせんせいの兄ちゃんじゃなくて?」
「俺もそう思いかけました。今だかつて見たこと無いまでのスパルタ教師ぶり、お見事でした。お前も、頑張ったな」
頭を撫でられ、少年はううと呻く。兄の方の勉強の目配りは忘れていた訳ではないが、今日は弟一本で飛ばしていたことは確かだ。それでも、別人説だとかスパルタだとかは言い過ぎではなかろうかと不服に思える。
「こいつは叱って伸ばすのが、向いているみたいですね。これからもこんな感じでお願いします。今日の成果を母さん達が聞いたら、泣いて喜ぶと思います。脱・バカ息子も夢じゃないって」
「自分のことじゃないからって~。勝手なこと言わないでよ」
確かに兄の言うとおりだ。そして意外と根性があり、やればできる子なのだと、この1時間で実感した。泣き言や弱音を吐きながらも最後まで着いて来たし、帆高が作っておいたミニテストは8割の正解率を誇り、おまけに明日の予習まで入ることができた。
「お疲れさん。よく頑張ったな。明日の授業は胸を張っていられるぞ」
「ふふふー。真っ先に手を上げて、クラスの皆を見返してやるんだ!」
自慢げな少年は母親に見せるんだというミニテストを机上に残し、それ以外の用具をランドセルにしまう。
「ブーブー言ってても問題解いてる時、イイ顔してたぞ。お前も勉強、少しは面白いって思うようになったか?」
「まっさかあ。兄ちゃんはそうなの?」
「数学とか、一つの答えを導き出すのは特に。複雑な計算を繰り返して、ようやく答えを出した時はかなり爽快だな。後は公式とか用語とかを頭に詰め込んでくのとか。知識がまた一つ増えてくのが楽しくて」
「げー、信じらんね。あーあ、やっぱり頭が良い人は元から頭のつくりが違うんだなあ」
少年は得体の知れないものを見る目つきを、帆高にも向ける。皮肉られていると、受け取って良いのかこれは。
「言っとくけど、俺は勉強が好きとも面白いとも思っていないからな」
「嘘でしょ!? せんせい、すっごく頭良いのに!」
伸びをしていた少年は思わず後方に倒れ、目をパチパチとさせる。
「あのなあ、俺を買いかぶり過ぎだって。人並よりはできる方だけど、俺ぐらいの奴なんか日本だけで五万といるっての」
「それは謙遜すぎるでしょう。前回の中間と前々回の期末で全教科90点以上で連続トップだったんですよね。あの高校の偏差値高めなのに、かなりすごいことじゃないですか」
「…何でお前が俺の試験結果を知ってんだ? どうせあいつから聞いたんだろうが、ともかく‘好きこそものの上手なれ’は全てに当てはまるんじゃいし、好きか嫌いかで結果に結びつくとは限らないんだよ。よっぽどの理由が無ければ、努力と意志次第で大抵は何とかなる」
「‘すきこそ…’? え、どういう意味?」
「‘好きこそものの上手なれ’だ。国語辞典で調べてみろ。覚えといて損は無い」
少年が素直に本棚から辞典を取り出したところで、玄関から「ただいま」と声がした。
「…僕、今日だけで一生分の勉強した気がする。せんせいって双子なの? 今日のせんせいは前来たせんせいの兄ちゃんじゃなくて?」
「俺もそう思いかけました。今だかつて見たこと無いまでのスパルタ教師ぶり、お見事でした。お前も、頑張ったな」
頭を撫でられ、少年はううと呻く。兄の方の勉強の目配りは忘れていた訳ではないが、今日は弟一本で飛ばしていたことは確かだ。それでも、別人説だとかスパルタだとかは言い過ぎではなかろうかと不服に思える。
「こいつは叱って伸ばすのが、向いているみたいですね。これからもこんな感じでお願いします。今日の成果を母さん達が聞いたら、泣いて喜ぶと思います。脱・バカ息子も夢じゃないって」
「自分のことじゃないからって~。勝手なこと言わないでよ」
確かに兄の言うとおりだ。そして意外と根性があり、やればできる子なのだと、この1時間で実感した。泣き言や弱音を吐きながらも最後まで着いて来たし、帆高が作っておいたミニテストは8割の正解率を誇り、おまけに明日の予習まで入ることができた。
「お疲れさん。よく頑張ったな。明日の授業は胸を張っていられるぞ」
「ふふふー。真っ先に手を上げて、クラスの皆を見返してやるんだ!」
自慢げな少年は母親に見せるんだというミニテストを机上に残し、それ以外の用具をランドセルにしまう。
「ブーブー言ってても問題解いてる時、イイ顔してたぞ。お前も勉強、少しは面白いって思うようになったか?」
「まっさかあ。兄ちゃんはそうなの?」
「数学とか、一つの答えを導き出すのは特に。複雑な計算を繰り返して、ようやく答えを出した時はかなり爽快だな。後は公式とか用語とかを頭に詰め込んでくのとか。知識がまた一つ増えてくのが楽しくて」
「げー、信じらんね。あーあ、やっぱり頭が良い人は元から頭のつくりが違うんだなあ」
少年は得体の知れないものを見る目つきを、帆高にも向ける。皮肉られていると、受け取って良いのかこれは。
「言っとくけど、俺は勉強が好きとも面白いとも思っていないからな」
「嘘でしょ!? せんせい、すっごく頭良いのに!」
伸びをしていた少年は思わず後方に倒れ、目をパチパチとさせる。
「あのなあ、俺を買いかぶり過ぎだって。人並よりはできる方だけど、俺ぐらいの奴なんか日本だけで五万といるっての」
「それは謙遜すぎるでしょう。前回の中間と前々回の期末で全教科90点以上で連続トップだったんですよね。あの高校の偏差値高めなのに、かなりすごいことじゃないですか」
「…何でお前が俺の試験結果を知ってんだ? どうせあいつから聞いたんだろうが、ともかく‘好きこそものの上手なれ’は全てに当てはまるんじゃいし、好きか嫌いかで結果に結びつくとは限らないんだよ。よっぽどの理由が無ければ、努力と意志次第で大抵は何とかなる」
「‘すきこそ…’? え、どういう意味?」
「‘好きこそものの上手なれ’だ。国語辞典で調べてみろ。覚えといて損は無い」
少年が素直に本棚から辞典を取り出したところで、玄関から「ただいま」と声がした。