あたしが眠りにつく前に
気づいたら、看護師が体温を測っていた。「聞こえてる?」その問いに珠結は頷いて答える。聞けば目は少し前に開いていたが、意識の確立まではやや時差が生じていたらしい。
目覚めると真っ先に現在の日付と時刻を尋ね、その答えに溜息を零すのはセットで習慣となっている。愕然とまではいかない、もう慣れてしまった。でないと、心がもたない。それでも今回は長かったなとは思う。
母にはすでに連絡しているが、繋がらないという。会社連絡はよっぽどの緊急事態の場合にと決めているし、仕事の真っ只中の時間帯だから当然だ。ということは、この身は生死に関わる状態でもないのだと珠結は遠回しに理解する。
平日ともあって、ベッド脇の椅子は空席。彼はいない。何期待しているのだか、いるはずが無いのに。
すぐ傍に看護師もいて同室の患者もいるが、寂しいものは寂しい。親しくなっていた老婦人も色々とあった右隣の青年も退院してしまっていた。
今その場所のベッドの上に横たわる患者達は、顔ぐらいしか知らない。その記憶もおぼろげで、珠結が終始眠り続けているのだから無理も無い。
ここまで人が恋しくなるなんて。弱ってるな、と自己分析をしてみてもつまらない。珠結は頭だけ傾けて、窓を見上げた。
「外、晴れてますね」
「こうも綺麗に晴れてるのも久しぶりなのよ。今日はそんなに空気も冷たくないから、しばらくしたら散歩しましょうか。うん、熱も平常値だし」
「いいですね」そんなに外はいい天気なのか。あいにくこの目には、寝起き直後のせいか水色に白く霞がかっているようにしか映らない。薄い雲が覆っているのではないのか。
もうしばしすれば、視界もクリアになって感嘆するほどの晴天が拝めるだろう。そんな密やかな期待は、あっけなく崩された。
カウントダウン開始。せかされて、強制的に瞼が閉ざされる。淡い水色と白が闇色に切り替わる。
「点滴変えますねー。…永峰さん?」
呼ばれているのに、声が出せない。でも意識はまだある。なるほど、今度は逆か。せめてもの意思表示として手をかすかに動かせば、ギュッと握られた。医療に従事する人間であっても、珠結が入眠する時には何もできない。これだけでも、ありがたい。
いくらなんでも早すぎるだろう。頭の中の睡魔の薄情さは留まるところを知らない。今に始まったことでもないが、絶望や悲嘆の感情ではなく腹立たしくなる。
ああ、とにかく。そろそろ実行しないと間に合わないかもしれない。掛け布団の中、珠結は腿にもう片方の手を置いて力を加える。
誰にも言わないで、起きている僅かな時間をぬって一人温めてきた計画。最近また事項を加えたことで、完全成功は限りなく0に近い。だとしても、試さずにはいられない。動かなければ、一生後悔する。
そのためにはチャンスを見極めなくては。その時点で失敗したら、後は無いと思え。適度に慎重に、決めたら一直線に走るのみ。
珠結の全身から力が抜け、握られた手の感覚も無くなった。
目覚めると真っ先に現在の日付と時刻を尋ね、その答えに溜息を零すのはセットで習慣となっている。愕然とまではいかない、もう慣れてしまった。でないと、心がもたない。それでも今回は長かったなとは思う。
母にはすでに連絡しているが、繋がらないという。会社連絡はよっぽどの緊急事態の場合にと決めているし、仕事の真っ只中の時間帯だから当然だ。ということは、この身は生死に関わる状態でもないのだと珠結は遠回しに理解する。
平日ともあって、ベッド脇の椅子は空席。彼はいない。何期待しているのだか、いるはずが無いのに。
すぐ傍に看護師もいて同室の患者もいるが、寂しいものは寂しい。親しくなっていた老婦人も色々とあった右隣の青年も退院してしまっていた。
今その場所のベッドの上に横たわる患者達は、顔ぐらいしか知らない。その記憶もおぼろげで、珠結が終始眠り続けているのだから無理も無い。
ここまで人が恋しくなるなんて。弱ってるな、と自己分析をしてみてもつまらない。珠結は頭だけ傾けて、窓を見上げた。
「外、晴れてますね」
「こうも綺麗に晴れてるのも久しぶりなのよ。今日はそんなに空気も冷たくないから、しばらくしたら散歩しましょうか。うん、熱も平常値だし」
「いいですね」そんなに外はいい天気なのか。あいにくこの目には、寝起き直後のせいか水色に白く霞がかっているようにしか映らない。薄い雲が覆っているのではないのか。
もうしばしすれば、視界もクリアになって感嘆するほどの晴天が拝めるだろう。そんな密やかな期待は、あっけなく崩された。
カウントダウン開始。せかされて、強制的に瞼が閉ざされる。淡い水色と白が闇色に切り替わる。
「点滴変えますねー。…永峰さん?」
呼ばれているのに、声が出せない。でも意識はまだある。なるほど、今度は逆か。せめてもの意思表示として手をかすかに動かせば、ギュッと握られた。医療に従事する人間であっても、珠結が入眠する時には何もできない。これだけでも、ありがたい。
いくらなんでも早すぎるだろう。頭の中の睡魔の薄情さは留まるところを知らない。今に始まったことでもないが、絶望や悲嘆の感情ではなく腹立たしくなる。
ああ、とにかく。そろそろ実行しないと間に合わないかもしれない。掛け布団の中、珠結は腿にもう片方の手を置いて力を加える。
誰にも言わないで、起きている僅かな時間をぬって一人温めてきた計画。最近また事項を加えたことで、完全成功は限りなく0に近い。だとしても、試さずにはいられない。動かなければ、一生後悔する。
そのためにはチャンスを見極めなくては。その時点で失敗したら、後は無いと思え。適度に慎重に、決めたら一直線に走るのみ。
珠結の全身から力が抜け、握られた手の感覚も無くなった。