あたしが眠りにつく前に
「わざと…ですか?」

「携帯の隣にメモがあって、『心配しないで』って。するに決まってるでしょ! あの大バカっ!!」

 そう叫ぶ声は言葉につりあわず、泣き出しそうな震えきっている。普段の気丈な彼女からは予想できないほど、動転した様子だ。

 突然の事態に帆高も激しく動揺する。しかしここで感情を表に出せば、彼女をより不安定にさせてしまう。帆高は唾を飲み込んで電話から顔を離して大きく息を吐き、努めて冷静な声で返答する。

「落ち着いてください。何か手がかりは、無くなってる物はないですか?」

「机には他に何も。………財布と、腕時計が無いわね。いつも一番上の引き出しに入れてたもの。あと……コートも。白くて厚い、ファーがついたの。帆高も見たことあると思う」

「分かりました。あと、とにかく近所を探してみてください。俺も今から探しますし、思い当たる知人にも聞いてみます。どこにもいなかったら、家に戻ってください。何かしら連絡が来るかもしれないから」

「ありがと。…ねえ。あの子、変なこと考えてるんじゃ。そうなったら、あたし…」

「…有り得ません。必ず見つけ出して連れて帰ります」

 自分から出て行き、メモの内容から事件に巻き込まれたのでは無さそうだ。高校や警察への連絡は待ってほしいと付け加え、通話を切る。こうして、冒頭に至る。

 彼女にはああは言ったが、知り合いに会いに行ったのではないだろう。もしそうなら正直に「〇〇の家へ行く」とだけ言えば済む話であり、こんな騒ぎにならない。

ならばどこに行ったというのか、嘘をついて出掛ける真似までして。まさか家出? いや、家を嫌になったとは考えられない。昔から珠結は母親思いであったのだから。

母親を心配させるこんな行動を起こすには、よっぽどの理由があったのか。行き先を知られたくなかったのか。彼女が言っていた変なこと、つまりは最悪の予想は帆高にも浮かんだが頭を振ってその考えを追い出した。

「コーヒーのお代わり…どころじゃないですよね。事情は分かりませんが、切羽詰った声が聞こえてきちゃいましたから」

「すまん。すぐに行かなきゃならないんだ。塚本…って、お前も塚本だよな。圭太には適当に言っといてくれ。修介」

「お安い御用です。俺からも兄貴には『人に頼らず自力でやれ』って尻を叩いてやりますよ。お気をつけて、帆高さん」

 頷き返し、帆高は部屋を後にする。階段を下りながら母に帰宅が遅くなる旨のメールを送信し、玄関を出てからは走り出す。

 君はまた俺を傷付ける。どうして分かってくれない? 俺には君が必要だということを。そっちがそう思っていなくても、利用されていてもいいと思うぐらいに。

でも、一人で彷徨うことなど許さない。

 夕闇が覆い尽くす、逢魔が時。カラスすら山に帰り、シンと静まり返っている。10mおきに街頭が設置されているが、チカチカと点滅しているものが混ざっていて逆に不気味さを強調する。

 どこにいる? 行きそうな場所を虱潰しに廻るか。確証は無くても走れ、ひたすらに。瞬きをした瞬間にパッと消えてしまいそうな、儚げな眠り姫を探し出すまで。
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