あたしが眠りにつく前に
 ドクン

 珠結の心臓が強く脈打った。すると突然辺りが一面闇に沈んだ。見上げると月が消えていた。流れてきた大きい雲で隠れてしまったのだ。ほとんどの星も姿を消している。

今の今まで見えていた、遊具も木々も何も見えない。目に映るのは…黒、黒、黒。

「…や、だ」

 心臓が急激に速く強く動き出し、呼吸が荒くなる。口で息を吸っても、肺に穴が開いているようで十分な酸素を感じない。体がガクガクと震え出して止まらない。

 まるで申し合わせたかのように、気づけば風も忽然と消え失せていた。聞こえてくるのは、自身の破裂しそうなほどに暴れ狂った心臓の音と、ゼーハーという過呼吸の喘ぎ。

不気味に感じられた風の音さえ恋しくなる。自分以外の存在なら何だって構わない。闇のみが支配する沈黙の世界。そこにただ一人身動き取れずに取り残されていて…。

「そうだ、懐中電灯!」

 コートのポケットから取り出してスイッチを押す、も。その光は豆電球のようにぼんやりと小さい。まさかの電池切れ寸前? こんな時に、冗談じゃない。運の尽き、実際に月も無い。と、ふざけている場合ではない。

 ……怖い! 怖い怖い怖い!!

 珠結はギュッと肩を抱きしめる。それでも震えは止まらない。どうしても制御できない。‘向こう’でだけでなく‘こっち’でも一人ぼっちで彷徨うなんて、たくさんだ。

「たす…けて」

 帆高。誰にもここに来ることを知らせていないのだから、いるわけがないのに。それでも珠結は帆高の名を呼んだ。唯一の肉親の母ではなく、どうして彼の名が一番に頭に浮かんで口走ったのか珠結にも分からない。

目の前の闇から逃れたくて目を固く閉じる。それでも映る世界はやはり全く同じで。どこまでもつきまとう漆黒。逃げられない、そう絶望した時。

 ジャリッ

 前方で砂を踏む音がした。その音は真っすぐにこちらに向かってくる。ハァハァと乱れた息遣いも聞こえる。こんな夜中に、人気の無いこの場所へ一体どうして?

 良く考えれば、犬の散歩に来た人か見回りに来た交番勤務の警察官か。悪く考えれば、不審者。中学生の時、この付近でナイフを持った通り魔が出たと騒ぎになったことがあった。教師達も地元の巡査も真剣な顔で注意を呼びかけていた。あの時の犯人は捕まったのだろうか。

 すぐそこで足音が止まる。その何かとの間は10mもないだろう。寿命間近の懐中電灯は役に立たない。珠結の心境は希望半分、絶望半分。自分以外の存在の出現は、どちらに転がるか。

しかし良い方の可能性を元に考えれば、こんな時間に出歩くのならば懐中電灯の一つ、持参しているだろう。向こうは自分の存在に気づいているのなら、声をかけてくれてもいい。

 絶望へと針が大きく振れる。切り付けられても鈍器で殴り付けられても、襲われて殺されてもしょうがない。こんな時間に一人で出歩いた自分が悪いのだ。だなんて、思えようか。

 こんな形で、終わりたくなどない。

珠結は俯いて目を閉じたまま、膝の上の拳を固く握り締めた。
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