あたしが眠りにつく前に
 帆高が携帯電話を取り出して開く。ディスプレイの照明がまばゆく照らし出された帆高の顔は、普段と変わらず平然としていた。

「あ、お母さんに連絡?」

「あぁ、今か今かと待ってるんだからな。すぐ車で迎えに来てくれるだろ」

「待って…! まだ連絡しないで!!」

 珠結は咄嗟に帆高の携帯を握っている手にしがみついた。

「は? 意味分か…」

「お願い、まだここにいたいの。あとちょっとでいいから!」

 何を馬鹿なことを言い出すのか。帆高の厳しい目はそう訴えていた。だが珠結は怯まずに帆高の目を見つめて訴え返す。さっきまでは、帰らなくてはと思っていたが、帆高がいるなら話は変わる。

帆高は形の良い眉を歪めると、視線を携帯電話に戻してキーを打ち始める。少しして、帆高は珠結にディスプレイを見せ付けた。

『珠結、見つかりました。無事なので、帰りがてらにしっかり説教しておきます。9時半前には帰りますので、ご安心を。』

「お説教…するの?」

「してほしいか?」

「いや結構! …帆高、意外と嘘つきだね」

「大嘘つきが何を言うか。心配しないでって言ったのはどこの誰だよ。思いっきり心配させといて。長引くだろうって、懐中電灯まで用意してたくせに。使い物にならなかったの、自業自得じゃないか? それでいて実際はビクビク震えて、身の程を知らないというか」

 項垂れる珠結にフッと笑い、帆高は携帯を受け取ると送信ボタンを押した。そして携帯電話を閉じると、再び闇が辺りを包んだ。

「月、出てこないね」

「今夜は曇りだって言ってたし。でもまさかこれほどだとは思わなかったな」

「完全なる闇、かぁ。帆高、あたしの顔見える?」

「ん~何となく。目、慣れてきたし。…そういや、なんで地面に座ってんの。せめて遊具の上とかに座れよ、服汚れるぞ」

 帆高の位置からでは、珠結の真後ろにある切り株は死角となって見えていない。珠結はそこに座り直すこともせず、偶然触れた落ち葉の茎を指で摘んでクルクルと回す。

「大丈夫、土ならクリーニングで完全に落ちるって。白地だけど夜なら目立たないし」

「ズボラ」

「いーのっ」

「はいはい。で、説教代わりというか、人騒がせの理由は何だ? 納得いくよう、説明してもらうからな」

 珠結は竹トンボのように勢いをつけて葉を飛ばした。それは真下に呆気なく落ちる。珠結はそれを見届けると、帆高を見上げる。そして静かな面持ちで口を開いた。

「最後に、もう一度ここに来たかったの。自分の足が動くうちに、あたしと帆高が初めて会った、この場所に」

 抱っこをせがむように両手を伸ばし、珠結はにっこりする。

「褒めてくれない? 帰りまでは持たなかったけど、自力で辿り着けたんだから」
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