あたしが眠りにつく前に
 突然のやけにあっけらかんとした声とバシッという景気のいい接触音。後ろから背中をはたかれ、前につんのめるも地面に膝をつくのだけはこらえた。

「……まあ、元気よ。そっち程じゃないけど」

 珠結は声の主を問いかけるまでもなく息を吐く。振り返れば、やはり。短めのポニーテールとクリクリとした瞳が無邪気に揺れる。中学生に見えなくもない童顔の彼女はクラスメートの友人。

「うふふー、びっくりしたぁ? あれー、珠結。何かテンション低くない? 人間、元気が一番なんだよ。ちなみに、それが私のモットーね。じゃなきゃ、せっかくの人生楽しくないし。ね、そうだよねー、一之瀬君」

 いきなり同意を求められ、彼女の勢いに圧倒されかけていた帆高はやや戸惑いの表情を見せる。それが何とも可笑しい。

「それにしても、いいなぁ。いつも仲良くて。私も一之瀬君みたいな彼氏が欲しいんだけど、出会いが無いんだよねぇ。これが」

「待って。その言い方、あたし達がまるで恋人同士かのように聞こえるけど、違うからね? そんな大声で誤解を招くような…」

「さーて、今日も頑張って稼いでくるよ~! じゃ、行ってくるね!!」

 珠結の言葉を最後まで待たず、彼女は軽やかに走り出した。

「…やっぱり、すごいな。あいつは、色々と。てか、部活終わったばっかなのにバイト? なんつー体力」

 遠ざかりつつある後姿を眺めながら、帆高が呟く。

「隣町のコンビニなんだって。ほら、灘美橋を渡ってすぐのとこの。ねえ、あたし、あのコのハイテンションの理由って、正体が充電式ロボットだからだと思う。家じゃ絶対コンセントにつながれてるよ」

「あ~! そうそう!!」

 珠結の肩がビクリと跳ねる。見ると彼女がこちらに向かって、手による即席メガホンを作っていた。

「言い忘れてたよー。“また明日”ね!!」

 彼女は満面の笑みで、左手で持っていたラケットケースを大きく振った。でも目は全く笑っていない。まさか今の発言が聞こえたというのか。

空気で「覚えてろよ」と言い渡されたのは気のせいではない気がする。珠結の頬は不自然な引き付けを繰り返す。

 ふと視線を感じ、珠結は顔を上げた。

「…なによ、その心底哀れんでるような目は」

「語弊があるな。“ような”はいらない。まぁ、『ゴシュウショウサマ、オクヤミモウシアゲマス』」

「棒読みすんな! 葬式じゃあるまいし、縁起でもないっ」

 他人事だからって。とにかく何が待ち受けているか不明確な明日を思うと、珠結の肩は漬物石がのしかかったようにズシリと重く感じられた。
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