あたしが眠りにつく前に
ふいに手首を掴まれた。急接近してきた帆高の顔は、首筋に近い肩口へと埋められた。
帆高の髪が頬に触れて、こそばゆい。
「帆高?」
沈黙する帆高の頭に手を回す。帆高は体をビクリとこわばらせると、手首を握る手の力を強めた。離してなるものか、とすがり付いているかのように。
「帆高」
「…やめてくれよ。『眠りにつく』だなんて」
「うん」
「約束しただろ。『ずっと傍にいる』って」
「言ったよ」
永峰珠結(あたし)がここにいる限り。君の隣にいたいと望んだ。
「諦めるな。叶うまで、誓い続けろ」
「願うって、そういうことだよね」
どうしても叶えたい、尊い願いがあるのならば。信じ抜け。
「分かってる、くせに」
「そうだね」
でも、それは。帆高だって。
「帆高が生きる未来に、あたしはいない。帆高だって、分かってるでしょ?」
だからこそ、ほら。君は慟哭(な)いているのでしょう?
首筋に伝う一雫は温かく。肩への負荷は燃えるほどにに熱くて、小刻みに震える。「泣かないで」なんて無責任なことは思わない。泣きたい時は、とことん泣けばいい。
他人に弱い部分を見せない君が、プライドも強がりも薙ぎ払ってしがみ付いて。帆高にとって本当の自分をさらけ出せる存在になれていたことは、眩暈がするほどに光栄なことであって誇りでもあって。
生きていれば何度でも辛く悲しく、世界に嫌気が差す場面に突き当たるだろう。でもその度に、彼が閉じ込めた苦しみを解き放つ手助けができたら。
試練の数よりも、幸福は何倍も訪れるに違いなくて。いつだって隣で「良かったね」と分かち合えたら。それ以上に、幸せなことなど無いでしょう。どんな道のりであっても、君と同じ未来を歩んでいけたらと。贅沢な夢を見てしまう。
甘ったるい香りでむせ返って、胸が苦しい。帆高のもう片方の手が背中に回され、深く
深くへと距離が0に縮まっていく。
振り返らずにはいられなくなる、声変わりの済んだ世界に一つだけの声。頭にそっと置かれ、無限の安心を与えてくれる大きな手。痛いぐらいに包み込む腕の力強さと、全身から伝染する心地よい体温。
毅然とした強さをたたえ、吸い込まれそうなほどに澄み切った瞳。その中に宿る、危うさと脆さも携える光。帆高という一人の人間を構成する全てを。
脅えていた闇の中だけでなく、いつだって求めていた、渇望していた。愛おしくて、ならなかった。絶対であり、唯一の。
「…珠結、俺は。ずっと昔から、珠結のことが…」
…ああ、これが。この想いこそが。ようやく気づいた。呼吸を忘れるほどの胸の高鳴りと、あふれ出しそうな涙の理由。錯覚だなんて、もう迷わない。
―――だから。
帆高の髪が頬に触れて、こそばゆい。
「帆高?」
沈黙する帆高の頭に手を回す。帆高は体をビクリとこわばらせると、手首を握る手の力を強めた。離してなるものか、とすがり付いているかのように。
「帆高」
「…やめてくれよ。『眠りにつく』だなんて」
「うん」
「約束しただろ。『ずっと傍にいる』って」
「言ったよ」
永峰珠結(あたし)がここにいる限り。君の隣にいたいと望んだ。
「諦めるな。叶うまで、誓い続けろ」
「願うって、そういうことだよね」
どうしても叶えたい、尊い願いがあるのならば。信じ抜け。
「分かってる、くせに」
「そうだね」
でも、それは。帆高だって。
「帆高が生きる未来に、あたしはいない。帆高だって、分かってるでしょ?」
だからこそ、ほら。君は慟哭(な)いているのでしょう?
首筋に伝う一雫は温かく。肩への負荷は燃えるほどにに熱くて、小刻みに震える。「泣かないで」なんて無責任なことは思わない。泣きたい時は、とことん泣けばいい。
他人に弱い部分を見せない君が、プライドも強がりも薙ぎ払ってしがみ付いて。帆高にとって本当の自分をさらけ出せる存在になれていたことは、眩暈がするほどに光栄なことであって誇りでもあって。
生きていれば何度でも辛く悲しく、世界に嫌気が差す場面に突き当たるだろう。でもその度に、彼が閉じ込めた苦しみを解き放つ手助けができたら。
試練の数よりも、幸福は何倍も訪れるに違いなくて。いつだって隣で「良かったね」と分かち合えたら。それ以上に、幸せなことなど無いでしょう。どんな道のりであっても、君と同じ未来を歩んでいけたらと。贅沢な夢を見てしまう。
甘ったるい香りでむせ返って、胸が苦しい。帆高のもう片方の手が背中に回され、深く
深くへと距離が0に縮まっていく。
振り返らずにはいられなくなる、声変わりの済んだ世界に一つだけの声。頭にそっと置かれ、無限の安心を与えてくれる大きな手。痛いぐらいに包み込む腕の力強さと、全身から伝染する心地よい体温。
毅然とした強さをたたえ、吸い込まれそうなほどに澄み切った瞳。その中に宿る、危うさと脆さも携える光。帆高という一人の人間を構成する全てを。
脅えていた闇の中だけでなく、いつだって求めていた、渇望していた。愛おしくて、ならなかった。絶対であり、唯一の。
「…珠結、俺は。ずっと昔から、珠結のことが…」
…ああ、これが。この想いこそが。ようやく気づいた。呼吸を忘れるほどの胸の高鳴りと、あふれ出しそうな涙の理由。錯覚だなんて、もう迷わない。
―――だから。