あたしが眠りにつく前に
「帆高だって、そう思ってくれてるでしょ?」

 君達が言ったように鈍感だから、君が続けようとした言葉の続きなんて見当もつかない。好きという言葉もたやすく言いのけられる。

 帆高の拘束する力が刹那、緩んだ。訪れた沈黙は、十秒も無かっただろう。

「…そうだな。そう、だよな。俺にとって珠結は…世話の焼けて目が離せない、幼馴染だ」

 君の掠れた声の理由もさっぱり分からない。君の口から出た‘幼馴染’によって湧き上がる、ほろ苦さも理解不能。手首と背中を解放され、君の熱が遠ざかる。名残惜しく思うのは、野外における真冬の冷え込みのせいの他に何がある。

 帆高は顔を上げても、目を合わせようとしない。だから、それは見間違いだ。帆高の瞳がかすかに赤く、目元が月光で光っていたのは。

君の前にいるのは、何も気づいていない無知な道化。君も同じだ。歪なエガオを貼り付けて、面の下に傷と失望を埋め込んだ。

「今までも、これからも。ずっと変わらないよ」

 ずるいな。ぼやいた君に、憎たらしいほどの穏やかな笑みを浮かべてみせる。内側に抱えたドロドロした胸のうちを語ることは、何があろうとない。

 体の自由が利かなくなっていく。世界は閉じていき、切り離されつつある。いつ突き堕とされるかしれない、目覚め(あした)が来ない日は、必ず彼よりも遙かに早くやってくる。

なぜ断言できるかだなんて? 誰にも分からない、この体。だからこそか、自分がよく知っている。自分の直感だけが、全ての指針となる。

 心臓は動いていても永久に眠り続ける状態など、生きていながら死んでいる。いや何もかもが強制終了されてしまう終焉も、そこまで迫っているかもしれない。 

どちらにしても、なってしまう。現世と隠世、その間を繋ぐ無の世界を彷徨う亡霊に。そんな存在のために、帆高の生きる道に陰が差すことなどあってはならない。

 想いが繋がってしまえば、彼も。閉ざしてしまう、壊してしまう。そんなことは、させない。

「足、痛むのか」

 時刻は9時を目前に控えていた。無意識に腿辺りのデニムの生地を掴んでいた珠結の手に、帆高が見咎めた。

「痛くは無いけど、ちょっと痺れたかも。手、貸して? これに座らせてくれる?」

「それ、もしかして。あのクスの木か? 切られてたんだな」

「そうだよ。あたし達が小学生の時に雷が落ちみたいで、ボロボロになったのを仕方なく切り倒したんだって。聞いてはいたけど、実際に目にすると寂しいもんだよね」

 すると何を思ったのか、帆高は急に珠結の膝裏に腕を差し込んで立ち上がった。

「わ!? 帆高、何して…。ゆ、揺れるっ」

 しがみ付く珠結を抱えたまま、帆高はその切り株の上に立った。
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