あたしが眠りにつく前に
「こうしてみると、何だかあの時と同じだよな」

 より高くにと、帆高は珠結を支える腕を伸ばして掲げる。不安は感じなかった。かなりの負担が腕にかかっているだろうに、揺れ一つ無く支えてくれている。

いつも見上げていた帆高の顔を、見下ろす。すっかり170を越した帆高の背よりも高い位置からの景色は、初めて樹の幹にもたれかかって見渡したそれとリンクする。

「昔の俺は人見知りで、個人主義で。毎日『向こうで皆と遊ぼ?』って迫る、おせっかいな保育士から逃げ回ってたっけ。あの日もそうだった」

「あたしが上ってたこの木の下に、逃げ込んできたんだよね。帆高は入園したばかりで、あたしは初めて見た顔に興味津津だったなあ」

「「おいでよ、見えなかったものが見えるよ」」

 そう、誘った。 そう、誘われた。そして、小さな手を伸ばし合った。

「覚えてたんだね」

「珠結でも覚えてることを、俺が忘れると思うか?」

「言ってくれるじゃない。一理あるけどさ」

「男女問わず友達がいたのはいいけど、見た目に寄らないでじゃじゃ馬だったよな。木登りはステータスだったし、男子と些細なことでケンカして。お遊戯の時間は抜け出すし、俺も引きずりまわされて、何度とばっちりをくらったか」

 バラバラになっていたパズルのピースがはめ込まれていくように、珠結の幼稚園児時代の記憶が形作られていく。パンドラの箱に入れていた、あれやこれやのピースも飛び出してきて珠結は目元を押さえる。

「…十年以上も前の黒歴史、掘り返さないでよ。あたしのしたことなんて、子供だからって許せる笑い話よ。逆に帆高なんて、園児らしくなかったでしょ。本棚の前に居座って、『絵本読んだげようか?』に『いい』の一言で拒絶しまくって、一人で読みふけってたよね」

「人格否定か? ひらがな読めなくて、しつこく『読んで読んで』って催促してたのは、誰だよ」

 珠結の体を支えている両腕を揺らす。帆高の両肩に手を置いてバランスを取りながらキッと睨むも、帆高は「馬鹿」と微笑う。

「そんな余裕の力、どこからわいてくるのよ。…でも不思議。話しているうちに、思い出がどんどん蘇ってくる。まるで、昔に戻った気がする」

「…なら、本当に戻ったらいい」

 射すくめる帆高の瞳は、酷く真剣で。片隅に月が映っている。

「ワガママで幼稚な珠結に戻って、背負い込んでるの全部、吐き出せよ」
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