あたしが眠りにつく前に
 それを皮切りに、絶叫(さけ)んでいた。

‘どうして自分が。何かの罰? くらって当然の大罪を、いつ犯したというのか。前世の因果? そんなの知ったことか。無作為の選出? そんな必要、どこにある。それだから神も仏も疑ってしまう、憎んでしまう。’

‘人知れず、母は自分を責めていた。「どうして健康体で生んであげられなかったのか」お門違いの懺悔など、間違っているのに。大好きな母を苦しめる、病が憎くて自分が不甲斐なくて’

‘楽しいに決まっているだろう出来事も、将来笑い話に変わるだろう困難に遭遇する機会も。睡魔にいつだって奪われてしまう。普通の女の子として生きてきたかったのに、そんな当たり前のことができないのが悔しい’

‘括りつけられたのが、いっそ名前を断定できる病だったなら。せめて正体不明の陰に脅えなくて良かった。たとえ可能性が低くて希望が薄くても、闘おうと奮い立って、強くあれたかもしれない’

 上記はあくまで意訳であり、涙を拭おうともせずにしゃくりあげながら飛び出す言葉は支離滅裂だった。珠結本人も、自分が何を言っているのかを理解していなかった。幼稚園児の方が、もっとまともにダダをこねられるだろう。

 掴んでいた帆高の肩の部分の生地は、深く皺を寄せていた。喉も顔も焼けるように痛む。ああ、自分はさぞ悪鬼のような酷い顔をしているだろう。深く俯いて帆高からも見えないように、長ったらしい髪の中に隠れる。

 帆高は何も発さない。感想も反応もいらない。欲しいのは帆高が居て、聞いているという事実。

彼は、望みを叶えてくれる。それだから、嫌になる。心底、うんざりしてしまう。

「……会いたくなんか、なかった」

 一滴、地面へと消えていく。

「帆高と、出会わなければ良かった。声をかけるんじゃなかった。じゃなきゃ、こんなに苦しい思いも知らなかった。まだ、楽だったのに」

 世界に執着し、未練を抱く。永峰珠結という人間の残留。君さえ、いなければ。

「俺は、珠結に出会えて良かった」

 否定を受け入れて、肯定で贈り返す。帆高は容易くしてのける。
 
「珠結がいなかったら、今の俺はいなかった」

 帆高と出会わなかったら。そんな想像をしてみる。この世界を愛せただろうか。日常を幸せだと噛み締められただろうか。笑って、生きて来れただろうか。

君が居るからこそ、あたしは。自分を嫌えて、好きにもなれた。

残酷で皮肉なものであっても、やはり‘こっち’を選ぶのだ。

 また、一滴。今度は顎へと伝っていく。帆高は珠結の目尻の水を掬う。

「まだ、眠りたくなんかない。ここに、居たいよ…」

 最後の一滴は、帆高の手の中へと飲み込まれた。
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