あたしが眠りにつく前に
机に向き合いながら眺める窓ガラスは、白く曇っていた。こすってクリアになった部分から目を凝らすと、灰色がかった雲が流れていた。今日は、晴れるだろうか。
部屋の隅にある年季の入ったストーブは、ゴウゴウと熱風を吐き出す。換気にと窓を開ければ、冷気が一気に入り込む。羽織ったカーディガンの下で腕を摩りながら、顔だけ外を覗き込む。
玄関先を掃く中年の女性、駐車場に停まったワゴンに乗り込む夫婦と、はしゃぐ子供、小さな畑で鍬をふるう老人。
今日もまた始まる、日曜日の朝。白い息を追い出して、窓を閉じる。
机上の時計を見れば、午前8時15分。そろそろ、いいだろうか。珠結は携帯を取り出し、2のキーを長押しした。2コール目で呼び出し音が途切れる。
「もしもし、帆高? おはよう」
「おはよう、珠結」
「朝から、ごめん。起きてた、よね?」
昨夜は遅かったのに起きて随分経つのか、寝起きらしい掠れた声ではなかった。
「ああ。…驚いたな、こんな時間に声を聞けるとは思わなかった」
「うん、自分が一番驚いてる。7時半ぐらいに目が覚めたの。帆高は体、大丈夫? 風邪ひいてない?」
「俺は全然問題無い。珠結こそ、大丈夫なのか」
「あたしだって、何とも。昔から、そういう所は丈夫だったからね」
だったな。帆高もきっと相好を崩している。やっぱり、帆高の声を聞いていると安らぐ。
「許可は1泊までだったから、もう少ししたら家を出るの。これだけ言っておきたくて、電話したんだ。病院に着いたら、ちゃんと足のことは話すよ」
「ド叱られるだろうな。同情はしないが」
「覚悟してる」
「そうか。まあ、グッドラック」
話す声は互いにさっぱりとしていて、憑き物が落ちたかのよう。口ぶりもやりとりも通常運転。
まるで昨夜のことは、一夜の夢だったかのように。話題に取り上げることも無い。
「約束、覚えてるよな」
「もちろん。忘れる訳ない」
あんな、大切なこと。忘れようとしたって、できやしない。
「なら、いい」
「うん。じゃあ、また」
「ああ、また」
5分程度の、あっさりとした会話。終わりもまた、ふさわしく。しばらくの別離を控えているとは、考えられないぐらいに淡白で。
電源キーを押したのと同時に、部屋の外からノックの音がした。
部屋の隅にある年季の入ったストーブは、ゴウゴウと熱風を吐き出す。換気にと窓を開ければ、冷気が一気に入り込む。羽織ったカーディガンの下で腕を摩りながら、顔だけ外を覗き込む。
玄関先を掃く中年の女性、駐車場に停まったワゴンに乗り込む夫婦と、はしゃぐ子供、小さな畑で鍬をふるう老人。
今日もまた始まる、日曜日の朝。白い息を追い出して、窓を閉じる。
机上の時計を見れば、午前8時15分。そろそろ、いいだろうか。珠結は携帯を取り出し、2のキーを長押しした。2コール目で呼び出し音が途切れる。
「もしもし、帆高? おはよう」
「おはよう、珠結」
「朝から、ごめん。起きてた、よね?」
昨夜は遅かったのに起きて随分経つのか、寝起きらしい掠れた声ではなかった。
「ああ。…驚いたな、こんな時間に声を聞けるとは思わなかった」
「うん、自分が一番驚いてる。7時半ぐらいに目が覚めたの。帆高は体、大丈夫? 風邪ひいてない?」
「俺は全然問題無い。珠結こそ、大丈夫なのか」
「あたしだって、何とも。昔から、そういう所は丈夫だったからね」
だったな。帆高もきっと相好を崩している。やっぱり、帆高の声を聞いていると安らぐ。
「許可は1泊までだったから、もう少ししたら家を出るの。これだけ言っておきたくて、電話したんだ。病院に着いたら、ちゃんと足のことは話すよ」
「ド叱られるだろうな。同情はしないが」
「覚悟してる」
「そうか。まあ、グッドラック」
話す声は互いにさっぱりとしていて、憑き物が落ちたかのよう。口ぶりもやりとりも通常運転。
まるで昨夜のことは、一夜の夢だったかのように。話題に取り上げることも無い。
「約束、覚えてるよな」
「もちろん。忘れる訳ない」
あんな、大切なこと。忘れようとしたって、できやしない。
「なら、いい」
「うん。じゃあ、また」
「ああ、また」
5分程度の、あっさりとした会話。終わりもまた、ふさわしく。しばらくの別離を控えているとは、考えられないぐらいに淡白で。
電源キーを押したのと同時に、部屋の外からノックの音がした。