あたしが眠りにつく前に
 机に向き合いながら眺める窓ガラスは、白く曇っていた。こすってクリアになった部分から目を凝らすと、灰色がかった雲が流れていた。今日は、晴れるだろうか。

部屋の隅にある年季の入ったストーブは、ゴウゴウと熱風を吐き出す。換気にと窓を開ければ、冷気が一気に入り込む。羽織ったカーディガンの下で腕を摩りながら、顔だけ外を覗き込む。

 玄関先を掃く中年の女性、駐車場に停まったワゴンに乗り込む夫婦と、はしゃぐ子供、小さな畑で鍬をふるう老人。

今日もまた始まる、日曜日の朝。白い息を追い出して、窓を閉じる。

 机上の時計を見れば、午前8時15分。そろそろ、いいだろうか。珠結は携帯を取り出し、2のキーを長押しした。2コール目で呼び出し音が途切れる。

「もしもし、帆高? おはよう」

「おはよう、珠結」

「朝から、ごめん。起きてた、よね?」

 昨夜は遅かったのに起きて随分経つのか、寝起きらしい掠れた声ではなかった。

「ああ。…驚いたな、こんな時間に声を聞けるとは思わなかった」

「うん、自分が一番驚いてる。7時半ぐらいに目が覚めたの。帆高は体、大丈夫? 風邪ひいてない?」

「俺は全然問題無い。珠結こそ、大丈夫なのか」

「あたしだって、何とも。昔から、そういう所は丈夫だったからね」

 だったな。帆高もきっと相好を崩している。やっぱり、帆高の声を聞いていると安らぐ。

「許可は1泊までだったから、もう少ししたら家を出るの。これだけ言っておきたくて、電話したんだ。病院に着いたら、ちゃんと足のことは話すよ」

「ド叱られるだろうな。同情はしないが」

「覚悟してる」

「そうか。まあ、グッドラック」

 話す声は互いにさっぱりとしていて、憑き物が落ちたかのよう。口ぶりもやりとりも通常運転。

まるで昨夜のことは、一夜の夢だったかのように。話題に取り上げることも無い。

「約束、覚えてるよな」

「もちろん。忘れる訳ない」

 あんな、大切なこと。忘れようとしたって、できやしない。

「なら、いい」

「うん。じゃあ、また」

「ああ、また」

 5分程度の、あっさりとした会話。終わりもまた、ふさわしく。しばらくの別離を控えているとは、考えられないぐらいに淡白で。

 電源キーを押したのと同時に、部屋の外からノックの音がした。
< 177 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop