あたしが眠りにつく前に
 バチッ。頬を勢いよく挟まれ、火花が散った。

「イジイジ卑屈な、可愛くないお口はこれかしらぁ?」

 両掌で揉みしだかれて、珠結は声にならない悲鳴を上げる。涙目になりかけた所で動きが止まり、やんわりと包まれた。

「あなたは、とても可愛いわ。本当は、おしゃれなんかしなくたって。売り言葉に買い言葉気分で、自分を貶めることを言っちゃダメよ。それは自分だけじゃなくて、珠結ちゃんを可愛く思ってる人まで傷つけることになるのよ」

 珠結と目線を揃えるために、鬼頭もかがみこんで真っ直ぐに見つめてくる。怒っているようにも悲しんでいるようにも見える目に、珠結の心はズキンと痛む。

「あなたの手足の痣を見た時、彼はどんな様子だった?」

 表情を、引きつらせていた。汚いものを見るような嫌悪の目ではなく、傷ついた瞳をしていた。珠結の感じた痛みを、自分も共有したかのように。

「悲しそうで…。瞳を、逸らさないでくれました」

「それは、相手が珠結ちゃんだからよ。自分に自身が無くったって、彼が珠結ちゃんを見る目は変わらない。そんな彼のこと、見失っちゃいけないわ。見た目で判断する人なんかじゃないってことを」

 はい。頷けば「よし!」と頭を撫でられる。頬がややヒリヒリするが、致し方無しということで。

「ほっぺ、赤くなってる…。でもチークってことで、ちょうどいいかな。こっちのが自然な顔色に見えてきた」

「それにね、珠結ちゃん。あなたが思うよりも、彼は珠結ちゃんのこと見ているわよ。…っと、そろそろね」

 何が? 珠結が問う前に、鬼頭は後ろの前に回りこんだ。開いたままの病室のドアの陰から、鬼頭曰くデート相手が現れた。

「久しぶり」

「ああ。元気そうだな、顔色もいい」

 最後の言葉に、笑いをこらえる。珠結にとっては4日、帆高にとっては3ヶ月ぶりの再会だ。

 はてさて、アクションはいかに?

「こんにちは、鬼頭さん。珠結がお世話になってます」

「こんにちは。前よりも背伸びた?」

「緩やかですけど、成長期は続いてるようで。180近くまでいけばいいとは思ってますけどね」

 完全に、スルー。ええ、分かっていましたよ。端から。別に何とも思っていないですから。

 劇的に違う髪形にさえも、帆高は意に介さず。言ったとおり薄情でしょう? チラと鬼頭を見上げて睨むも、彼女は気にする風も無く談笑を続ける。

何となく面白くないので、割り込んでみることにする。

「それにしても、鬼頭さん。よく帆高が来るタイミング分かりましたね」

「足音が聞こえたからね。彼の音だって、分かったもの。たいていの患者さんの足音は聞き分けられるわよ。看護師の職業柄かしら」

「そういうものなんですか? すご…」

「俺、患者じゃないですけど」

「しょっちゅう、来てたじゃないの。覚えちゃったわ」
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