あたしが眠りにつく前に
 5分も歩けば、目的地の公園に到着した。出入り口を潜ったすぐ目の前の大きな噴水が四方に水を高く吹き上げ、日差しとシンクロして虹がかかっている。

噴水の周りは池で囲まれ、水色の水面がユラユラと揺れる。子供の腕ぐらいの浅い底に手を浸けて笑う幼児を、微笑ましげに見つめる母親の姿もある。

 噴水の奥の景色を見渡せば、緑が広がっていた。この公園は森の中に造られたものらしい。

 案内地図の看板を見ると、一本の遊歩道に沿って1周する地形となっていた。園内には広場が5つ。子供広場には遊具、スポーツ広場にはテニスコートやサッカーゴールの絵が描かれている。

現在いるのは噴水広場。ここから一番近いのは子供広場で、アスレチックの遊具が木々の隙間から見える。

 その他にもビル3階分の高さの展望台や本格派珈琲が売りの喫茶室、地元の文化についての資料館など、大人でも満喫できる施設が充実している。

「歩いてれば全部の場所を通りかかる訳だけど、珠結は特にどこ行きたい?」

「あたしが決めていいの?」

 当たり前だろう。怒ったように見下ろされてから、珠結は地図に食い入るように目を通した。

「じゃあ…自然広場がいいな。池の鯉に餌やりできるんだって。あとは…」

「展望台もいいんじゃないか? エレベーターが設置されてるから、車椅子でも大丈夫だ」

「ホント? そこも行きたい!」

「さすが、馬鹿と煙は高いところに行きたがる。今日の主役が誰なのか分かってなかったんだから、異論は無いよな」

 帆高と出かける時は、いつだって珠結の意見を求めてくれた。珠結が聞き返したことが、帆高には気に食わなかったらしい。まるでいつも自分の意見を押し付けてきたようではないかと、受け取れなくもない。

「そんな気分が下がること言わないでよ。せっかくのデートなんだし?」

 冗談で言ったつもりだった。「どこがデートだよ」鼻で笑われて、お開きにするつもりだったのだが。

「…そうだな、悪かった」

「え…、いや?」

 帆高が後ろに回り、車椅子が進み出す。珠結がハンドリムを握るまでもなく、アンダンテなスピードで景色が後ろへ流れていく。

 鬼頭看護師のにんまりとした顔がフラッシュバックする。あなたがデートなんて言うから、イタズラ心で思わず言ってみてしまったではないか。八つ当たりです、分かっていますよ。

 デートとは、恋人同士がするもの。しかし自分達は違う。恋愛に無関心な帆高だって、知っているだろうに。肯定されては、反撃を食らった気分だ。敗北感さえする。

珠結が勝利した帆高の反応とは。顔を真っ赤にして、「な、何言ってんだよ?」絶っ対にない。想像できずに、帆高カッコカリの顔に濃いモザイクがかかる。

 してやったりの顔でもしているだろうか。シートに背中をのけぞって見上げるまではしなくとも。ああ、調子が狂いっぱなしだ。
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