あたしが眠りにつく前に
「そういえば、今度は帆高が受験生なんだよね」

 展望台のある芝生広場に向かいながら、珠結が思い出したように切り出した。

「どこ行くか、決めた? 進学に違いはないでしょ?」

「ああ。候補はいくつか挙げてあるけど、今いちピンと来ないんだよな。どこに行って何を勉強して、将来何になりたいのか。ビジョンがあやふやで、身動き取れない感じだ」

「帆高にしては、煮え切らない答えだね。でも人生がかかってるもんね、簡単に決められることじゃないし」

 芝生広場に続く小道が見えてきた。分岐地点に右折の矢印の看板が出ている。

「頑張ってね、我が校の希望の星。あたしも、ベッドの上から応援してるから」

 他人事みたいに。実質、その通りなのだ。同じ17歳でも、珠結は受験生ではない。そして高校生ですらない。昨年のうちに、退学届けを提出してある。

 進級に成績は関係しないが、出席日数はそうはいかない。珠結の2年次の出席日数は、規定の最低出席日数を大きく下回った。

 進級できないにしても、退学は早まりすぎていないか。せめて休学扱いにした方が。退学届けを目の前にした教師達は、そう提言した。

本当はやめたくはない。何度も悩んで葛藤し、母と長い時間をかけて話し合った。重く長い過程を経て、とうとう退学の結論を出した。納得しているし、後悔もない。

「治る希望も学校に戻ってくる未来も、今のあたしには見えないんです」

 毅然を装って言い放った一言に、その場の人間は誰も何もいえなかった。退学届けは受理され、退学は正式に決定した。

退学については、その翌日にクラスに知らされたという。入院の時のように直接報告できなかったが、責められることはなかった。

里紗からは『同級生じゃなくなっても、待ってるから』との手紙が届いた。その手紙は病室の小棚の引き出しの中に大事に保管している。

「帆高なら、大学選び放題でしょ。贅沢な悩みじゃない」

「偏差値だけが全てじゃないだろ。先生は上の大学を勧めて来るけど、どうもな。自分の人生なんだから、自分で決める」

「程ほどの大学選んだら、先生達ガッカリするだろうね。でも、帆高の言うとおり、好きに決めるべきだと思う。どこに行こうと、帆高ならやっていけるよ」

 新たな土地で、新たな人と出会い、先へ先へと歩いていかなければならない。自分の手の届かない所へ旅立てば、心も遠ざかっていく。そう、あってほしい。

ただ、遠く離れても君の幸せを願う。こればかりは譲れないし、許してほしい。

「…言うまでもないけど、あたしのことを進路に反映させないでね。高校の時みたいに、同じ轍は踏まないで」

「俺は、そんなこと…」

「言うまでも無かったね。ちょっと心配になったから、つい。忘れて」

 足元が土の路面から芝生に変わる。名前どおりの広場なだけあって、遙か先まで一面に芝生が広がっている。その中央に、お目当ての展望台は聳え立っていた。
< 186 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop