あたしが眠りにつく前に
 赤レンガで組まれた円柱の建物に、入り口部分が丸くぽっかりと空いている。まるでサンタクロースが伝い下りてきそうな煙突か、中世の城の側塔のよう。

地図のイラストよりも圧巻で、珠結は壁をペシペシ叩いてみた。固くて、びくともしない。当たり前のことなのに、感心してしまう。

 そして入り口を潜り、エレベーターの前に立ち、

「…こんなことって、あるんだな」

「…うん、よりにもよってって感じだね。はは」

二人は呆然と口元を引きつらせた。

 エレベーターの扉には『本日メンテナンス中』の張り紙。ロープも二重に張られていた。隣接する階段は螺旋状で、いくら帆高でも珠結を背負って上るのは厳しいし危険すぎる。「…悪い」微塵も何も悪くない帆高は、低く唸った。

「しょうがないよねー、理由が理由だもん」

 外に出る際、もう一度上を見上げる。子供の笑い声が、かすかに聞こえてくる。「……が見えるよ!」何が見えたのかは聞き取れなかった。望遠鏡でも覗いているのだろうか。

「でも乗ってる最中に故障して、地面に真っ逆さまかもしれないって思えば割り切れるね」

「エレベーター内に閉じ込められる無難な想像はできないのか、そのポジティブ思考は。…残念だったな、楽しみにしてたのに」

「そうなんだけど、なんでだろうね。さっきまでは浮かれてたのに、そんなに残念には思ってないんだ」

「そうなのか? よく分からないが、また次回に持越しってことだな」

 珠結が黙り込み、帆高は発作が起きたかと緊張が走る。しかし珠結はひらめいたように帆高を見上げた。

「…あ、分かった。あたし、知ってたからだ。あの上から見下ろす景色がよっぽど綺麗でも、適わないって。あたしにとっての最高の眺めは、約束の場所からしか見られない」

 ‘退学先’という接点しか無くなってしまった場所の屋上。ほぼ毎日のように通い詰めていた、秘密の場所。その秘密を共有する片割れは、自分の背後に立っている。

 目を閉じれば、思い出す。真下に広がるグランドに、校門の出た先に立ち並ぶ多くの家々の屋根。住宅地に挟まれて右方から左方へと走り抜けていく、田舎とも都会とも言えないこの町の重要な交通手段の赤い名鉄電車。

その遥か向こうの水平線上には、僅かしか見えない太平洋。人生でまだ、1度しか行ったことがない。

 …もし。もし、このフエンスを乗り越えて足を踏み出したら、飛べるだろうか。海の向こうへ、または空の彼方へ。光の射す方へと。危険な幻想をしたこともある。

どこにでもある、田舎の一風景。それでも珠結には、それを越える眺望など無いと自負できる。景色そのもの美しさだけでなく、自分の生まれた町だから、大好きな人達が住んでいる町だから。彼と一緒に見ていたから。個人的な思い入れを含めてこそ、多数は唯一に形を変える。

「‘あれ’、失くしてないよね?」

「家の机の引き出しにしまってある。心配なのは、珠結の方だ。果す気、あるよな?」

「『約束は守るためにある』でしょ。そんな疑わなくたって、ちゃんと果すよ」

 したからには、約束は守る。帆高が心配しなくとも必ず果す。

同時に言えるのは、守れない約束はしないということ。だから交わす約束は、それで最後だ。
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