あたしが眠りにつく前に
展望台の景色に未練はないとはいえ、せっかくここまで来たのだから物足りない。
「ねー、帆高。下ろしてくれない? 芝生の上で寝転がりたい」
「断る。せめてベンチに座っとけ」
「そんなのシートと変わらないじゃん。横たわって芝のチクチク感と草っぽいにおいを堪能するのが、芝生の正しい楽しみ方でしょ」
「それは夏になったらにしろ。よく見ろ。ところどころ傷んでるし、土がむき出してるだろ。服に付いて汚れるし、髪も崩れるぞ」
「神経質ね。ゴロゴロ激しく転がるんじゃないから、少しくらい平気だって」
見ても、何も言わなかったくせに。こういう時だけ持ち出すのは、納得がいかない。珠結は体をひねり、徹底的に睨みつける。
「とにかく、やめとけ。珠結だ良くたって、俺が嫌なんだよ。洒落た格好が台無しになるだろ。…せっかく似合ってるんだし」
言い終わるなり、帆高は右方へとそっぽをむいた。左耳がうっすらと赤く染まっている。言い逃げか、卑怯者。顔を見ようと状態を浮かせたところで、頭をつかまれ正面を向かされた。
『あなたが思うよりも、彼は珠結ちゃんのこと見ているわよ』
口にも表情にも出さずとも表れる。あからさまな無関心は、強い意識と紙一重。
石が引っかかり、車体が揺れた。さっきまでは1度も無かったのに。避けようと思えば避けられた位置に落ちていたと思うのだが。
『似合ってるんだし』歯の浮くようなお世辞なんかより、よっぽど嬉しい。リフレインしてニヤニヤが収まらない。
照れる帆高など、1年に一度拝めるかのレアもの。良いものを見られたものだ。最後まで目を逸らさなかったのは、褒めてあげよう。
最初から行ってくれたら尚のこと。しかし帆高のキャラではないだろうから、良しとする。エレベーターが使えなくて良かった。そんな風にさえ、思ってしまった。
第一目的地の自然広場へ向かう道すがら、様々な施設に立ち寄った。そうして自然広場と彫られた木の立て札が見えて来ると、電子音が鳴った。
珠結が設定している音ではない。帆高がポケットから携帯電話を取り出した。
「はい。……え、何? ……ああ、そのつもりだけど、だからって。また、あの人は…。……分かったよ。後で、直接そっちにかけるから。…うん、じゃあ」
「何か急用?」
「母さんからだった。なんか、面倒なことになってるらしい。あの分からず屋が…」
忌々しげに、帆高が吐き捨てる。舌打ちしかねない、憎悪の瞳。分からず屋とは誰のことだろう。
帆高は自分の母親にそんな言い方をしない。話の中で出てきた‘あの人’と同一人物なんだろうか。よっぽど険悪な関係らしい。
「すぐ電話した方が良いんじゃない? もうすぐそこだから、あたし先行ってるよ?」
「できるだけ早く戻る。無理そうなら、その場で待ってて。下手に動くより、その方がいい。たまにボランティアの人が巡回してるらしいから、迷わず頼れ。それと、手提げの中にあれが入ってるから。好きな時に飲めよ」
ごめんな。帆高は早足で横道へ入っていった。たいしたことにならなければ、いいのだが。
「ねー、帆高。下ろしてくれない? 芝生の上で寝転がりたい」
「断る。せめてベンチに座っとけ」
「そんなのシートと変わらないじゃん。横たわって芝のチクチク感と草っぽいにおいを堪能するのが、芝生の正しい楽しみ方でしょ」
「それは夏になったらにしろ。よく見ろ。ところどころ傷んでるし、土がむき出してるだろ。服に付いて汚れるし、髪も崩れるぞ」
「神経質ね。ゴロゴロ激しく転がるんじゃないから、少しくらい平気だって」
見ても、何も言わなかったくせに。こういう時だけ持ち出すのは、納得がいかない。珠結は体をひねり、徹底的に睨みつける。
「とにかく、やめとけ。珠結だ良くたって、俺が嫌なんだよ。洒落た格好が台無しになるだろ。…せっかく似合ってるんだし」
言い終わるなり、帆高は右方へとそっぽをむいた。左耳がうっすらと赤く染まっている。言い逃げか、卑怯者。顔を見ようと状態を浮かせたところで、頭をつかまれ正面を向かされた。
『あなたが思うよりも、彼は珠結ちゃんのこと見ているわよ』
口にも表情にも出さずとも表れる。あからさまな無関心は、強い意識と紙一重。
石が引っかかり、車体が揺れた。さっきまでは1度も無かったのに。避けようと思えば避けられた位置に落ちていたと思うのだが。
『似合ってるんだし』歯の浮くようなお世辞なんかより、よっぽど嬉しい。リフレインしてニヤニヤが収まらない。
照れる帆高など、1年に一度拝めるかのレアもの。良いものを見られたものだ。最後まで目を逸らさなかったのは、褒めてあげよう。
最初から行ってくれたら尚のこと。しかし帆高のキャラではないだろうから、良しとする。エレベーターが使えなくて良かった。そんな風にさえ、思ってしまった。
第一目的地の自然広場へ向かう道すがら、様々な施設に立ち寄った。そうして自然広場と彫られた木の立て札が見えて来ると、電子音が鳴った。
珠結が設定している音ではない。帆高がポケットから携帯電話を取り出した。
「はい。……え、何? ……ああ、そのつもりだけど、だからって。また、あの人は…。……分かったよ。後で、直接そっちにかけるから。…うん、じゃあ」
「何か急用?」
「母さんからだった。なんか、面倒なことになってるらしい。あの分からず屋が…」
忌々しげに、帆高が吐き捨てる。舌打ちしかねない、憎悪の瞳。分からず屋とは誰のことだろう。
帆高は自分の母親にそんな言い方をしない。話の中で出てきた‘あの人’と同一人物なんだろうか。よっぽど険悪な関係らしい。
「すぐ電話した方が良いんじゃない? もうすぐそこだから、あたし先行ってるよ?」
「できるだけ早く戻る。無理そうなら、その場で待ってて。下手に動くより、その方がいい。たまにボランティアの人が巡回してるらしいから、迷わず頼れ。それと、手提げの中にあれが入ってるから。好きな時に飲めよ」
ごめんな。帆高は早足で横道へ入っていった。たいしたことにならなければ、いいのだが。