あたしが眠りにつく前に
 前後には誰一人いない。誰かを頼ることはできないか。不安があるが、珠結はゆっくりと漕ぎ出した。

 この公園は病院と目と鼻の先にあるだけあって、バリアフリーが考慮されている。公園の入り口付近にあった事務所では車椅子やベビーカーが貸し出されていた。

園内には階段ではなくスロープと手すり、二階以上の建物には必ずエレベーター――絶賛稼働中――が設置されていた。

案内看板には音声ガイドと点字付き。ベンチや各トイレの障害者用のものの数は、他の公園よりも圧倒的に多い。

 実際、病院から来たらしき人を多く見かけた。中年の女性に肩を借りて杖をつく老人、腕にギプスをはめてベンチに腰掛け、女性と語らう青年。珠結と同じく車椅子に乗った少女。

黄色の腕章をしたボランティアとは何度も擦れ違い、声さえかけられた。その風景が通常だからか、珍しいものを見るような視線は感じなかった。

 来た時に比べて日差しは弱まり、森の中を歩いているせいか涼しいくらいだ。車輪を漕ぐ手を止めて帽子を脱ぐ。中にこもっていた熱気が発散されて気持ちがいい。

再び帽子を被り直して振り返ってみると、思うよりも進んではいなかった。広場に着くよりも帆高が追いついてくる方が早そうだ。

 慣れない動きをしたからか、手がやや重い。両手を交互にさすっていると、前方から小学生ぐらいの少女が歩いてきた。

肩ぐらいのボブスタイルで、前髪は目の下まである。見えにくくは無いのか、俯きがちに歩いて距離を縮めて来る。

 すると彼女は急に右へ方向転換し、小道を進んでいく。その先には『立ち入り禁止』の看板と進入を防ぐために道の両側に立つ木と木の間に張られたロープ。

しかし少女は看板の脇を抜け、ロープを潜ってしまった。珠結が事態に戸惑っているうちに、彼女は森の奥へと姿を消した。

 立ち入り禁止だと気づいていなかった? それとも看板の文字が読めなかったのだろうか。いや、わざわざ張られたいかにものロープを無視して進んだのだから有り得ない。

どうであれ、少女の身が心配になる。あれだけ厳重に封鎖しているのだから、道の先は危険な状態になっているのかもしれない。

追いかけたいが、車椅子では彼女のように強行突破はできない。引き続き道には誰も通ってくれない。帆高はまだだろうか。携帯電話を取り出しかけるも、帆高は電話をしに入ったのであって通じはしない。

 人がいるだろう地点まで、すぐそこの距離なのに遠い。ちんたらと走らせて人を呼んで戻って来るまでに、彼女が無事でいる保障はない。

こうなったら自分が行くしかない。禁じられた道の前まで移動すると、珠結は首をひねって打開案をひねり出し始めた。
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