あたしが眠りにつく前に
「こんな、とこで、何…してるの。ぜはっ」

 息を荒げての呼びかけに、少女はビクリと肩を震わせて振り返った。長く伸ばした髪の下に隠れた目を見ることは適わない。

「誰…?」

 脅えるように、少女は体を仰け反らす。珠結は時折むせながら、地面の枝を車輪でパキパキと踏み鳴らして少女に近寄っていく。

 正規の道が使えないなら、非正規の道を使えばいい。アントワネットも苦笑いな珠結の考えた方法も、少女に引けを取らない強行突破だった。

車椅子でも通れそうな木々の隙間を見つけて突入する。そうして正規――封鎖された時点で正規ではないのだが――の道へ合流する。

隙間を潜り抜ける際に何度も前進後退を繰り返し、時間もそれなりにかかってしまった。その間も通行者がおらずに見咎められなかったのは、善きか悪しきか。 

 正規のつもりの道も、地面が凸凹として石が転がった悪路のために少女の元に到着するまで苦労が絶えなかった。

「あたし、は。ただの通りすがりの、おせっかいっていうか。ここ、立ち入り禁止だよ。入っちゃ、ダメ、なんだよ」

「知ってる。こっち来ない方がいいよ。はまっちゃって抜け出せなくなるよ」

 少女はそっけなく前に向き直った。少女が腰掛けるベンチは脚の部分は腐りかけていた。彼女の足元はぬかるみ、先には濁った沼地が広がっていた。

立ち入り禁止の理由はこのことだろう。少女と危険地帯には、背高の木々の枝の隙間から光が漏れている。逆に珠結のいる地点は薄暗い。彼女の忠告と光が無ければ、彼女の元に直行して泥に車輪を取られていただろう。

 来た道には轍が残り、タイヤには泥がこびりついていた。少女だっていつベンチの脚が折れて、ぬかるみに飛び込みかねないのに平然と沼を眺めている。

「あ、危ないよ! 早く降りて、こっちにおいで!」

「わたしが乗ったくらいじゃ壊れないよ。よく来るから、慣れてるもの。それに『知らない大人と、友達でもない子に付いて行っちゃダメ』ってママに言われてるから」

 自分が幼い頃はおじさん限定だったのだが、物騒な世の中になったのだと感じさせられる。自分と同じ子供さえ疑う教育をするなど、彼女のママは過保護か心配性か『人を見たら泥棒と思え』主義者か。ぜひ、前二者であってほしいものだ。

…おや? 彼女はもしかしたら。

「あのね、あたしは『お菓子あげるからおいで』って車に誘い込む悪い大人でもなければ、あなたを連れ回して森の奥に置いてけぼりにする嫌な子供でもないよ」

 珠結はさらに接近する。タイヤの太さの2分の1ぐらいが泥にめり込む。これ以上進んだら、本気で動けなくなる。その限界地点は、少女と同じ光差す地点と重なった。

「元から、そんなことするつもりは無いって言っても信じられようが無いよね。あなたにとって、あたしは見ず知らずの人間に変わりはないんだから。でも、これだとさすがに無理だって分かってくれる?」
< 190 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop