あたしが眠りにつく前に
「病院まで、一緒に行こうか?」
そのためにひとまず帆高にも連絡をと携帯電話に手を伸ばすも、少女は首を振った。
「大丈夫。ちゃんと戻れる」
「分かった、気をつけてね。あ、そうだ。これあげるよ」
珠結は体をひねり、ハンドルにかけていた手提げカバンをとる。中に入ったビニール袋を取り出すと、中のものを包み込むように持つ。問題無い、まだ少し冷たいぐらいだ。
珠結はそれを少女へと差し出す。
「これね、あたしの大好きな飲み物なんだ。これを飲むとね、すっごく元気が出るの。だからあなたにも、その元気の素をプレゼント! すっごく甘くてね、おいしいの」
帆高がくれた、イチゴオレ。しかしもう、飲むことはできない。大好きだからこそだ。帆高が来る前に言っておくべきだったが、失念してしまっていた。付き返すなんてできないし、こっそり捨てるなんてもってのほか。
今日は飲む気になれないと誤魔化し、帆高が帰った後に母に飲んでもらおうと思っていた。少女にも元気になってもらいたいという気持ちは本当であり、少女に飲んでもらえるなら納得してくれるだろう。
少女は「いいの?」と遠慮がちな態度で受け取る。その様子に、珠結はしまったと思った。
「あ、知らない人から物をもらったら、お母さん怒っちゃうよね?」
「そんなことない。だっておねえさん、知らない人じゃないもん。…また、会えるかな?」
「同じ病院だから、会えるかもしれないね」
「もし会えたら、また一緒にお話してくれる?」
うん。会えたら、ね。それなら問題無い。約束しよう。太さの変わらない小指を絡め、声を重ねて歌う。指切った。
「気にする価値がないことは、世の中にいっぱいある。クラスの男の子達の意地悪や、お友達のそっけない態度におばさん達の目。どれもあなたが傷ついたり悲しんだりする必要の無い、くだらないこと。あなたにはあなたが大好きで、幸せを願ってる家族の人がいる。あなたが気づいてないだけで、他にもいるかもしれない。この先だって、同じように思ってくれる人がいくらでも現れる。だから、大丈夫だよ。いっそあなたは幸せにならなきゃいけないぐらい。思いで世界はどこまでも広がるし、変えることもできるよ」
小さなあなたが幸せでありますように。ささやかでも、祈りましょう。最終的にはあなたが自分で掴み取ろうとしなくてはならない。でも、あなたなら心配ない。
「うん! じゃあね、おねえさん」
視力に難ありとは思えないほど、少女は軽やかな足取りで駆けて行く。突き当りの角を曲がり、彼女の姿が完全に消えるまで珠結は手首を持ち上げて手を振った。
さて、いい加減に帆高と連絡を取らなくては。携帯電話を取り出してみれば、着信とメール受信が数件ずつ入っていた。後が怖いが、致し方ない。珠結はボタンに指を滑らせ、
押す前に携帯電話が地面へと落下した。
そのためにひとまず帆高にも連絡をと携帯電話に手を伸ばすも、少女は首を振った。
「大丈夫。ちゃんと戻れる」
「分かった、気をつけてね。あ、そうだ。これあげるよ」
珠結は体をひねり、ハンドルにかけていた手提げカバンをとる。中に入ったビニール袋を取り出すと、中のものを包み込むように持つ。問題無い、まだ少し冷たいぐらいだ。
珠結はそれを少女へと差し出す。
「これね、あたしの大好きな飲み物なんだ。これを飲むとね、すっごく元気が出るの。だからあなたにも、その元気の素をプレゼント! すっごく甘くてね、おいしいの」
帆高がくれた、イチゴオレ。しかしもう、飲むことはできない。大好きだからこそだ。帆高が来る前に言っておくべきだったが、失念してしまっていた。付き返すなんてできないし、こっそり捨てるなんてもってのほか。
今日は飲む気になれないと誤魔化し、帆高が帰った後に母に飲んでもらおうと思っていた。少女にも元気になってもらいたいという気持ちは本当であり、少女に飲んでもらえるなら納得してくれるだろう。
少女は「いいの?」と遠慮がちな態度で受け取る。その様子に、珠結はしまったと思った。
「あ、知らない人から物をもらったら、お母さん怒っちゃうよね?」
「そんなことない。だっておねえさん、知らない人じゃないもん。…また、会えるかな?」
「同じ病院だから、会えるかもしれないね」
「もし会えたら、また一緒にお話してくれる?」
うん。会えたら、ね。それなら問題無い。約束しよう。太さの変わらない小指を絡め、声を重ねて歌う。指切った。
「気にする価値がないことは、世の中にいっぱいある。クラスの男の子達の意地悪や、お友達のそっけない態度におばさん達の目。どれもあなたが傷ついたり悲しんだりする必要の無い、くだらないこと。あなたにはあなたが大好きで、幸せを願ってる家族の人がいる。あなたが気づいてないだけで、他にもいるかもしれない。この先だって、同じように思ってくれる人がいくらでも現れる。だから、大丈夫だよ。いっそあなたは幸せにならなきゃいけないぐらい。思いで世界はどこまでも広がるし、変えることもできるよ」
小さなあなたが幸せでありますように。ささやかでも、祈りましょう。最終的にはあなたが自分で掴み取ろうとしなくてはならない。でも、あなたなら心配ない。
「うん! じゃあね、おねえさん」
視力に難ありとは思えないほど、少女は軽やかな足取りで駆けて行く。突き当りの角を曲がり、彼女の姿が完全に消えるまで珠結は手首を持ち上げて手を振った。
さて、いい加減に帆高と連絡を取らなくては。携帯電話を取り出してみれば、着信とメール受信が数件ずつ入っていた。後が怖いが、致し方ない。珠結はボタンに指を滑らせ、
押す前に携帯電話が地面へと落下した。