あたしが眠りにつく前に
 それが自己満足であり、帆高を縛り付けているのだと指摘された時は目が覚めた気分だった。この病を利用して帆高の好意と心配に付け込んで、自由を奪ってきた。

悩んで考えた末に、彼を失うことを選んだ。彼が大切だと思うからこそ、手を振り払った。彼が幸せになるのなら、自分の感情など天秤にかける価値も無かった。

結局は帆高の逆鱗に触れて元の鞘に収まったのだが、心を配る具合がグレードアップした気がしている。珠結に気にかけてばかりで、反映されて帆高の日常が疎かになる。自分のことだけを考えて、むしろ支えられたならと嘆いても情けないだけ。

 どう見ても珠結のためであっても、自分のためだと主張する彼。「帆高の世界は珠結を中心に回ってるみたいね」母が一度、帆高が帰った後に苦笑していた。

 母も同じ心配をしているのだろうと思う。友達なのに、こんなにも想ってくれている。友達以上になったら朝は太陽、夜は月が昇るように確実に、ずっと珠結を想い続けるだろう。

たとえ珠結に‘その時’が訪れても。その先にどれだけ膨大な時間が残っていても、彼は迷わずそれを手放してしまう。幸せを放棄してしまうだろう。永峰珠結(あたし)に縛られて。

 想いが通じ合ってはならない。彼の未来を想うがため、最後まで幼馴染の親友同士であろうと決めた。それなのにここまで来た所で、滑り込みのように自覚してしまうなんて詰めが甘い。

悔やまれるも、掘り起こした感情を葬り去ろうとは思わない。どうせ手にしたのだからと、どこまでも持って行くことにする。神様の前で告げた超重要で極秘な願いと誓いも、しっかりと脇に抱えて進むのだ。

 向かい風が頬をそっと撫でて通り過ぎていった。珠結は帽子を取り、膝の上に乗せる。解けた髪が吹流しのように靡き、毛先が断続的に上下にはためく。ピンについたビーズも
カチカチと揺れる。

 あの場所で感じた風と似ている。目を閉じれば、その風景がありありと浮かび上がる。フェンスの内側で、日常を見下ろすイメージが重なっていく。

想像の空を見上げると、青かった空が白く染まっていった。振り返れば校舎もコンクリートも白の中へと埋もれていく。残されたのは自分と白の色だけで、戻る場所は残っていない。イメージと一体化して、現実の瞼を開く感覚がさっぱりわかない。

 …ああ、ここまでか。自然広場に行ってみたかったが、一番に悔やまれるのは帆高がいないままデートが終了させられてしまったことだ。どうせ眠るのなら、君が傍にいてほしかった。

 でも不思議だ。いつものように強制的に引きずり込まれるのでもなく、一瞬の暇を与えずに堕とされるのでもなく。手を引かれて誘われるように、穏やかな気持ちで眠りを受け入れてしまっている。昔繰り返した、眠りに落ちる際の本来の感覚と似ている。

 今度はいつ戻って来られるのだろう。神様なら、知っているだろうか。

 また、君の笑顔に会えたら。君の瞳を見つめ返せたら。光に手が届いたなら。そんな日常への希望と期待が、湧き上がっては昇華されていく。向こうでは何にも感じることも思うこともできない。

刹那に頭を過ぎった彼の姿も遠ざかり、無へと還っていく。意識がおぼろげになり、自分も白に溶かされていく。その前に、最後に一つ、願うことがある。

 言っておくが、これは願いでありながら願いではない。最重要な願いと誓いはすでに神様に申告済みだ。それは何が何でも、どうしても叶えたい。だからこそ一つに絞って、他は願わない。

これはあくまで‘だったらいいな’程度の軽いもの。一番の願いに比べたら、紙きれのように。それでも、毎日願ってしまっていたこと。
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