あたしが眠りにつく前に
「なあなあ、お前これから帰るんだろ? 今日こそ付き合ってくれよ!」

「悪いな、俺は男に興味は無いんだ」

「‘俺と’じゃなくて、‘俺に’だ! わざととぼけやがって~。頼む! 一生の頼みだ‼ このとおりっ」

 土下座しかねない勢いで頭を下げてくる隣の席の男に一瞥もくれず、帆高は参考書やバインダーを鞄にしまっていく。ルーズリーフが少なくなってきたから、生協に寄っていこう。

「お前の一生は何回あるんだ? この前文学のノート見せろって言ってきた時も、一生の頼みじゃなかったか」

「うっ。そんな意地悪言うなよ…。今度こそ連れて来いって、先輩からも相手からも圧力かかってんだよ。参加費なら俺達が払うし、座ってるだけでいいから!」

「断る。何度頼まれたって、答えは同じだ。合コンに興味はない。他を当れ」

 帆高はバッサリ切り捨て、鞄のファスナーを閉じた。帰り支度は完了だが腕をガッチリ掴まれているため、うんざりとして彼の話に耳を貸してやる。

「思ってるような、やましいものじゃないって。男女が仲良く飯食って酒飲んで和気藹々とトークする、健全な飲み会なんだよ。楽しい時間を過ごすってのがメインだ。俺だって気が合う子とメアド交換してあわよくば恋に発展しちゃってなんて思惑は…でもまあ、もしそういうシチュが到来したらやぶさかでもないし? だって運命の子かもしれないのに、むざむざ蹴ったら男じゃねえじゃん。くそ、男のロマンなんだよ! 分かるだろ!?」

「俺はそういうロマンは求めてない。そんな人間が参加したって、周りに失礼だろ」

 お前にとっては、そのロマンがメインだろう。そんなあ、と彼が実に情けない顔をしてみせる。その裏で何の事情があるのかは知らないが、どうでもいい。

ギャーギャーと食い下がる彼を尻目に、帆高は全く別のことを考える。帰ったら明日提出する心理学のレポートの最終チェックをしなくては。シリーズ小説の新刊の発売はいつだったか。学内の本屋にも寄っていくか。帆高の時間の使い道の決定権は帆高自身にある。

「お! またフラれたのか~。よし、俺が代わりに行ってやろう! 今日の相手、どこのコ達?」

 前方の席で座っていた友人が、満面の笑顔で会話に加わってきた。彼と一緒に座っていた友人達は、もう帰ったらしい。

「K女のテニスサークル…っつーか、お前は願い下げだっての。前回好きなアニメとマンガ語りつくして、終いには彼女できたら同人イベントにも一緒に来てほしいって相手ドン引きさせてただろ。お前のせいで空気が白けて、そのままお開きになったんだろうが! このオタク野郎!!」

「オタクは日本の立派な文化だ。前はたまたま共感者がいなかっただけで、俺をまるっと受け入れてる子は今日もどこかで待っていてくれてるんだよ!」

 聞くからに、非常に残念な交流会となったようだ。帆高には隣席の男がミクロほど気の毒に思えた。とはいえ趣味は人それぞれで、人の好きなものを非難するのは間違っている。オタクな彼の言うことにも一理ある。

案外、そいつ一人だけの責任でもないんじゃないか? 「お前のせいで狙ってた子のメアド聞き出せなかっただろ」と八つ当たり紛いの発言も飛び出した。

 帆高は二人の平行線のやり取りを傍観しながら、生欠伸ををする。
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