あたしが眠りにつく前に
「…もしもし、母さん? 俺、帆高だけど。ああ、久しぶり。今度の週末に戻るから。…そう、立ち寄るだけで泊まらない。その後で、向こうに寄ってから帰る。…俺は大丈夫、心配しないで。父さんは……そうか、無理するなって言っといて。じゃあ」

 1ヶ月ぶりの母との電話を済ませ、帆高は買い物袋を下げて自室を出た。向かうは自炊室。時刻は夕方5時過ぎ。夕飯にはまだ早い時間帯だから、まだ誰もいないだろう。

 高校卒業後、帆高は県外の県立大学に入学した。自宅からは遠距離のため、大学から徒歩10分の距離にある大学寮で生活している。

トイレと浴室と洗濯機は共用、室内にガスコンロと水道は付いていないためガス代と水道代は0。家賃と光熱費を含めて月1万5000円。

審査に落ちたら一人暮らしを考えていたため、非常に助かっている。不便なこともあるが、この低価格を前にして不満などあるはずが無い。おかけで両親の仕送りが無くとも、バイト代で十分やっていけている。

 ザクザクザク。帆高はひたすらにキャベツとネギを刻む。実家にいた時はネギではなくニラだったが、帆高としてはどちらでも構わないと結論付けている。生活費を自分で管理する身分となっては、少しでも安く作るに越したことは無い。万歳、値下げシール。感謝、タイムセール。

テーブルに置いた買い物袋には、他にも格安の戦利品が詰まっている。今日は本当に良い買い物ができた。

 キャベツは3分の1を残し、半額のネギを全て切り終えるとボールが一杯になった。そこに醤油やごま油などの調味料と30%引きの挽肉を2パックを投入し、徹底的に練る。

粘りが出たところで、次は皮だ。たしか今日の分は十分に残っていたはず。そろそろストックを買っておくべきか。手を洗いながら、帆高は前回使った時の残りの分量を思い出す。

「お! やっぱり一之瀬か~」

 やかんに火をかけてから別のボールを取り出していると、後ろから声をかけられた。同じく寮に住む2部屋隣の3年生だ。学年も学部も違えど、ご近所さんのよしみで垣根を越えて親しくしている。

「なになに、もしかして餃子作ってんの? なんか、量多くね? これ一人で食うの?」

「まさか。今日はバイトもサークルも無いから、作り置きしてるんです。食堂は金かかるし、毎回一から作るの面倒ですから。餃子は保存がきいて、色々とアレンジできて楽なんです」

「はー、相変わらず几帳面な奴だなあ。なあ、こんだけたくさんあるんなら、少しぐらい分けてくれよ~。俺今月使いすぎてピンチなんだよ~」

 いいですよ。あっさりと承知した帆高は、戸棚から出した小麦粉をボールにあけた。ラッキーとニマニマする先輩に、沸いたやかんの湯を注ぎながら不信感を覚える。

彼は何か勘違いしていないだろうか。早々に言っておいたほうが良さそうだ。寮という狭い空間内でのトラブルは非常に厄介なゆえに禁物だ。

「では、300円頂きますね。サービスでご飯と付け合せのもやしと吸い物も付けときます」

「か、金取んの? 俺、金欠だって言わなかったか!?」
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