あたしが眠りにつく前に
 ごめん。気まずい沈黙が流れかけた直後に、帆高に謝られた。塚本を非難するつもりじゃなかったんだ。ああ、分かってる。謝らなくてはいけないのは、こっちの方なのに。

「俺の方こそ、ごめん」塚本も目の前にはいない帆高に頭を下げる。電話口でもつい、頭を下げてしまうのは日本人特有の所作なのだと聞いたことがある。

「…そういや、彼女のことを話したくて電話してきたのか?」

「あ、違う違う。本題は全く別のこと。一之瀬さ、今週の週末に地元戻るんだよな?」

「ああ。それが?」

「俺もさ、ちょうど用事があって実家に行くんだよ。でさ、ちょっと会わない? 電話じゃなくて直接話したいこともあるからさ」

「分かった。会うなんて、1年ぶりぐらいか? 高校時代は嫌になるほど毎日顔付き合わされたのにな」

 電話での会話なら何度かあったが、会うという提案は初めてだ。塚本も地元から離れた大学に進学し、アパートで一人暮らしをしている。寮住まいの帆高と違い、自由さはあるが家賃や諸経費のやりくりが大変だと1年目の頃はこぼしていた。

「嫌になるほどって…言い方酷くない? 変わらないよな、そこがいいんだけど。じゃ、時間とか場所とか明日また電話するから。俺今からバイトなんだ」

「そうか。じゃあ、明日な」

 ツーツーと鳴る携帯電話を片手に、帆高は床へ座り込んだ。片膝を立てて目元を覆い、帆高は先程の自分の態度に罪悪感を覚えていた。

恋愛は理論的なものではない。離れていれば些細な不安さえも、取り返しの付かないほどに膨れ上がった疑惑に変わる。不安定になるのは仕方の無いことなのに、他人事だからと偉そうにズケズケと。

 ましてや八つ当たりのように妬み紛いの言葉をぶつけてしまった。そっちの方が恵まれているだろう。塚本が何も言えなくなってしまうのを分かっていたというのに。塚本は何も悪くはない。こっちが完全に間違っているのだ。

 妬みの感情が確かに存在していたからこそ、塚本への申し訳なさが募る。通話を切る時は普通に話していたが、内心傷心していただろう。自分を責めているかもしれない。

顔を合わせたら、以前のように変わらないでいてくれるだろうか。冷淡に接したり辛く当ったりと明らかにこっちに非があっても、責めることなく通常のように笑いかけてきた。また今回も、そうであるようにと期待してしまっている。

「おい、腹でも痛いのか?」

 顔を上げれば、いつ戻ってきたのか先程の先輩が見下ろしていた。ちっとも気配を感じなかった。電話自体は長くなかったはずだが、その分ボサッとしていたのだろう。

「いえ、何でもありません。もう、そんな時間ですか」

「いや? まだ10分前。部屋にいても何にもすることないし、腹減ってっから落ち着かねえの。だからお前の包丁裁きでも見てよっかなーって。本当に大丈夫か? 顔白くなってんぞ」

「大丈夫です。少し早いですが、始めましょうか。まな板に小麦粉で打ち粉をして、綿棒で薄く大きく広げてください。それからそのコップで型を抜けば簡単にできますので」

「…ウチコって何だ?」
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