あたしが眠りにつく前に
「榊さん、ハーゲンダッツはちゃんと弁償して、人のものは手をつけないようにしましょう。お前は全体的に態度が攻撃的で言葉も相手を貶める感じだった。気持ちは分かるが、感情をそのまま表に出すな」

 先輩でも後輩でもある挟まれた立場として、間に入るのも慣れたこと。今こうして気まずげにしていても、明日になればまたやいのやいの言うのだろう。喧嘩するほど仲の良いトムとジェリー関係は彼らのことを指す。

「下準備も完了したことですし、後もつかえてくるでしょうから、さっさと作りますね。二人とも、お疲れ様。ありがとうございました。座って休んでてください」

 ドアを閉めて「悪かった」「こちらこそ」の応酬を尻目に、帆高は餃子の乗った大皿を手にコンロの前に立った。

 大きいフライパンと吸い物の入った鍋をセットし、温まったところでフライパンに油を引いて餃子を並べる。水をかけて蓋をすればジュージューという音が、出してくれとばかりに暴れ出す。吸い物は煮立ったところで具材を投入して火を消す。後は余熱で十分だろう。

 焼けるのを待つ間、3人分のご飯が入ったボールに卵を2つ入れてかき混ぜる。焼く前に米と卵を混ぜておくのが帆高流だ。このほうが双方が綺麗に絡む。

 皿をと、思った瞬間に、手頃な大きさの白い皿が置かれた。後輩が笑いながら目で促す先には、食器棚の前でどの食器を使おうかと真剣に吟味する榊がいた。

自分専用の箸や茶碗などは各自で用意する決まりだが、料理皿は調味料と同じく共有品として備え付けられている。「吸い物なら、こっちの赤塗りの方がいいか」と呟く声に、帆高達は顔を見合わせて笑った。

「『餃子なら、やっぱり白いのだろ!』って、これを押し付けてきたんです。その理屈が意味不明で、榊さんって暴君なんだか自由人なんだか分かんないです」

「さっき言ってたけど、榊さんは器小さくないと思うぞ。食べ物と金と…頭には難有りでも、人柄は良くて正義感はある。俺みたいな小憎らしい後輩にも、目をかけてくれてる。他の人だったら、寮内イジメでズタボロ雑巾にされたか寮を追放されてたな。…っと、じゃあ運んでくれるか」

 吸い物入りの鍋と妬きあがったばかりの餃子をテーブルに置くと、彼は冷凍庫からラップに包まれた塊3つとミックスベジタブルの袋を取り出した。ミックスベジタブルは小皿に移し、一緒に電子レンジへ入れる。

再び帆高の横に立って帆高の調理作業を眺める彼に正体を問えば、豆腐ハンバーグだという。あのくらいの大きさなら、餃子の追加は焼かないで良さそうだ。見返りを求めないで人数分用意したのは、彼なりの気持ちなのだろう。

 炒めた具材に玉子飯を投入し、味を調える。味見をさせれば、満足そうに頷かれた。あとしばし炒めれば完成だ。

「よそうの面倒だから、そのまま持ってくな。セルフ式ってことで。鍋敷きは…っと」

「一之瀬さんって普段は几帳面なのに、時々大雑把な所ありますよね」
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