あたしが眠りにつく前に
「むしろ、そっちのが俺の本性。面倒なことはやりたくないけど、やらなきゃならないことは徹底的にやるからそう見えるだけ。性格も口も悪い、関心事以外はどうでもいいってのが、本当の俺」
「じゃあ、普段の一之瀬さんは猫被ってるってことですか」
「どうなんだろうな。自覚無いけど」
誰にでも素のままで接していたら、周囲から孤立する。自分の意見を曲げて大勢の意見に従うのも追従笑いを浮かべるのも、仮面を被るのも社会の中で生き抜くには必要なこと。
嫌われたくない。良く思われたい。人の目は自身の地位と人間性への評価を、良い方にも悪い方にも作用して形作る。一人では生きてはいけない、この世界に存在する上で降りかかってくる洗礼だ。
「なら、榊さんや俺と話してる時はどうなんですか?」
声を潜めた彼に「さあな」と意地悪く笑めば、不満の声が上がった。同時にレンジの通知音に呼び出されて、渋々と向かえばすぐに戻ってきた。まだ半解凍だったらしい。そういえば、と彼は急須に茶葉を入れてポットのお湯を注ぐ。
やけに静かだが、榊さんは何をしているのだろう。榊は用意した椀に吸い物をよそっていた。お手伝いをしてくれているのは感謝するが、一つの椀に集中的に御玉が傾けられているのは気のせいか。彼の常々の行いを知っている分、疑っても罰は当らないだろう。
全ての料理が並べられて食事が始まるなり、帆高と後輩の彼は顔を歪めた。榊の吸い物の椀には帆高達の椀の倍の量の具が入っていた。それには目をつぶろう、しかし。
「…遠慮という言葉を知らないんですか」
「だってよ! すっげ上手いんだから、箸止まんなくて! お前らも早く食わねえと、無くなるぞ?」
何日ぶりの食事なんですかと突っ込みたくなる食べっぷりに、後輩二人は誓った。「この男に二度と食事をふるまうものか」と。
「榊さん、やっぱりお金は頂きます。借用書、後で書いてくださいね」
「は!? 話が違うじゃねーか! 詐欺だろっ」
「俺達の分までゆうに平らげてる口がよく言いますね。餃子、もう駄目ですよ。皿を用意しながら、何個かつまみ食いしてたでしょう。しつけのなってない犬じゃないんですから、やめてくださいよ」
拗ねてチビチビと吸い物をすする榊を横目に、彼に肉の割合が少ないとごねられた餃子を口に運ぶ。量重視の一品に、何を期待するか。
給料が入ったら、餃子専門店のチェーン店にでも行けばよろしい。その旨を破れかけたオブラートに包んで言っていると、隣から笑い声が上がった。
「はははっ。一之瀬って、いつだって榊さんにはズバズバ言うよな。あー、腹痛い」
隣のテーブルにいた同級生が、愉快そうに腹を抱えていた。「同級生のよしみで何か言ってやってくれよ」の榊の哀願に、彼は「嫌ですよ」と一蹴する。
学年問わず共通する榊の扱いに、発端である帆高も申し訳なさがある。といっても、ここまで定着したのも榊自身によるものもあるだから、蚤ほどだけれども。
「じゃあ、普段の一之瀬さんは猫被ってるってことですか」
「どうなんだろうな。自覚無いけど」
誰にでも素のままで接していたら、周囲から孤立する。自分の意見を曲げて大勢の意見に従うのも追従笑いを浮かべるのも、仮面を被るのも社会の中で生き抜くには必要なこと。
嫌われたくない。良く思われたい。人の目は自身の地位と人間性への評価を、良い方にも悪い方にも作用して形作る。一人では生きてはいけない、この世界に存在する上で降りかかってくる洗礼だ。
「なら、榊さんや俺と話してる時はどうなんですか?」
声を潜めた彼に「さあな」と意地悪く笑めば、不満の声が上がった。同時にレンジの通知音に呼び出されて、渋々と向かえばすぐに戻ってきた。まだ半解凍だったらしい。そういえば、と彼は急須に茶葉を入れてポットのお湯を注ぐ。
やけに静かだが、榊さんは何をしているのだろう。榊は用意した椀に吸い物をよそっていた。お手伝いをしてくれているのは感謝するが、一つの椀に集中的に御玉が傾けられているのは気のせいか。彼の常々の行いを知っている分、疑っても罰は当らないだろう。
全ての料理が並べられて食事が始まるなり、帆高と後輩の彼は顔を歪めた。榊の吸い物の椀には帆高達の椀の倍の量の具が入っていた。それには目をつぶろう、しかし。
「…遠慮という言葉を知らないんですか」
「だってよ! すっげ上手いんだから、箸止まんなくて! お前らも早く食わねえと、無くなるぞ?」
何日ぶりの食事なんですかと突っ込みたくなる食べっぷりに、後輩二人は誓った。「この男に二度と食事をふるまうものか」と。
「榊さん、やっぱりお金は頂きます。借用書、後で書いてくださいね」
「は!? 話が違うじゃねーか! 詐欺だろっ」
「俺達の分までゆうに平らげてる口がよく言いますね。餃子、もう駄目ですよ。皿を用意しながら、何個かつまみ食いしてたでしょう。しつけのなってない犬じゃないんですから、やめてくださいよ」
拗ねてチビチビと吸い物をすする榊を横目に、彼に肉の割合が少ないとごねられた餃子を口に運ぶ。量重視の一品に、何を期待するか。
給料が入ったら、餃子専門店のチェーン店にでも行けばよろしい。その旨を破れかけたオブラートに包んで言っていると、隣から笑い声が上がった。
「はははっ。一之瀬って、いつだって榊さんにはズバズバ言うよな。あー、腹痛い」
隣のテーブルにいた同級生が、愉快そうに腹を抱えていた。「同級生のよしみで何か言ってやってくれよ」の榊の哀願に、彼は「嫌ですよ」と一蹴する。
学年問わず共通する榊の扱いに、発端である帆高も申し訳なさがある。といっても、ここまで定着したのも榊自身によるものもあるだから、蚤ほどだけれども。