あたしが眠りにつく前に
「それにしても、榊さんは一之瀬先輩に尻を敷かれてますよね。手厳しいこと言われても、怒らないでまともに言い返さないですし」
「…なんつーか、一之瀬って逆らえない的なオーラが凄まじいっていうか。マジで怒らせたらヤバイって、牽制されてる圧迫感がのしかかるんだよな」
「榊さんと一之瀬とのやり取りを初めて見た時、心臓止まるかと思ったんですよ? ほら、榊さんていかにもな強面だし、次の瞬間に一之瀬が地面にめり込むんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだから」
「めり込むのは俺の方だぜ、前に一之瀬にちょっとやらかした時、生まれて初めて土下座したんだぜ。怒ってるのに笑顔ってさぁ最強なんだぞ、夢にまで出てきやがった」
見た目に似合わない弱りきった榊の声に、一同が爆笑した。
帆高は台所での会話を思い返す。榊に対してはわりと素でいると思う。当然、他の先輩方にはこんな無遠慮な口を聞いていない。
彼、榊だからこそ。それは決して彼を馬鹿にしているという意味ではない。何度か言葉を交わすうちに、自然と徐々に素のストレートな物言いが露になっていった。
彼ならば大丈夫だろうと、心のどこかで見極めていたのかもしれない。実質、榊はむくれつつも帆高に構ってくるし悪意のある感情の片鱗すら見せない。上辺だけではないだろう、でなければ今ここに居座っていない。
「そんな向かうところ敵無しの一之瀬さんは、何か弱点ないんですか? 嫌いなものとか苦手なこととか」
「たしか、写真やビデオ撮られるの嫌な性質だったよな。新入生オリエンテーションの時は逃げまくってて、集合写真しか写ってないんんだよ。その貴重な一枚も仏頂面でさ。それでも様になるんだから羨ましいよなー」
「マジか!? よし、それなら…」
「良からぬことを考えてお見舞いしてくださるなら、ホワイトデーの法則でお返ししますよ。相応の覚悟をお持ちなら、どうぞ」
冗談に決まってるだろと狼狽する榊は、感情が顔にも口にも率直に出てしまう。だからババ抜きなどの心理戦が重要なゲームは毎回ドベなのだ。おっかない、と他の連中は箸を置いて茶をすする。
「甘いものも苦手でしたっけ。見ましたよ、女子から手作りの菓子渡された時、そう言って断ってたの。一之瀬さんがチョコとか食べるの見たことないから、本当なんですよね」
「ぐ…、一之瀬の分際で贅沢な。なら、怖いものはどうだよ? 例えば絶叫マシーンとかお化けとかさ」
「遊園地に引きずり込んで、女子の前で恥かかせようって魂胆ですか? ご期待に反するでしょうが、どっちも平気です。まあ、他とは比べ物にならないぐらいに怖いものが1つだけありますけど」
狐につままれたような3人の視線を浴びながら、帆高は茶を飲み干す。自分も彼らと同じ人間なのに、何かと超人扱いされていけない。彼らが思うほど、褒められた人間では無いというのに。
最後の付け足しは、意地悪半分の本音だ。言わなければ良かったか、想定どおり興味深深の無言の催促が全身にサクサク刺さってくる。
「俺が自分の最大の弱点をペラペラと話す間抜けに見えますか。好きなだけ悶々と考えてみてください。どうせ分からないでしょうけど。自分が使った食器は自分で洗ってくださいね。榊さんもですよ」
自分の食器と鍋と大皿を抱えて立ち上がった後ろで、抗議が上がるのも全部無視して流しに立つ。3人は帆高に話す気がないのを悟ると、湯飲み片手にあれこれと推測を立てて議論をおっぱじめる。
ためになることを話せばいいものを、溝に捨てている時間がもったいないだろう。彼らが答えを突き止めることは、決してありえないのだから。
「…なんつーか、一之瀬って逆らえない的なオーラが凄まじいっていうか。マジで怒らせたらヤバイって、牽制されてる圧迫感がのしかかるんだよな」
「榊さんと一之瀬とのやり取りを初めて見た時、心臓止まるかと思ったんですよ? ほら、榊さんていかにもな強面だし、次の瞬間に一之瀬が地面にめり込むんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだから」
「めり込むのは俺の方だぜ、前に一之瀬にちょっとやらかした時、生まれて初めて土下座したんだぜ。怒ってるのに笑顔ってさぁ最強なんだぞ、夢にまで出てきやがった」
見た目に似合わない弱りきった榊の声に、一同が爆笑した。
帆高は台所での会話を思い返す。榊に対してはわりと素でいると思う。当然、他の先輩方にはこんな無遠慮な口を聞いていない。
彼、榊だからこそ。それは決して彼を馬鹿にしているという意味ではない。何度か言葉を交わすうちに、自然と徐々に素のストレートな物言いが露になっていった。
彼ならば大丈夫だろうと、心のどこかで見極めていたのかもしれない。実質、榊はむくれつつも帆高に構ってくるし悪意のある感情の片鱗すら見せない。上辺だけではないだろう、でなければ今ここに居座っていない。
「そんな向かうところ敵無しの一之瀬さんは、何か弱点ないんですか? 嫌いなものとか苦手なこととか」
「たしか、写真やビデオ撮られるの嫌な性質だったよな。新入生オリエンテーションの時は逃げまくってて、集合写真しか写ってないんんだよ。その貴重な一枚も仏頂面でさ。それでも様になるんだから羨ましいよなー」
「マジか!? よし、それなら…」
「良からぬことを考えてお見舞いしてくださるなら、ホワイトデーの法則でお返ししますよ。相応の覚悟をお持ちなら、どうぞ」
冗談に決まってるだろと狼狽する榊は、感情が顔にも口にも率直に出てしまう。だからババ抜きなどの心理戦が重要なゲームは毎回ドベなのだ。おっかない、と他の連中は箸を置いて茶をすする。
「甘いものも苦手でしたっけ。見ましたよ、女子から手作りの菓子渡された時、そう言って断ってたの。一之瀬さんがチョコとか食べるの見たことないから、本当なんですよね」
「ぐ…、一之瀬の分際で贅沢な。なら、怖いものはどうだよ? 例えば絶叫マシーンとかお化けとかさ」
「遊園地に引きずり込んで、女子の前で恥かかせようって魂胆ですか? ご期待に反するでしょうが、どっちも平気です。まあ、他とは比べ物にならないぐらいに怖いものが1つだけありますけど」
狐につままれたような3人の視線を浴びながら、帆高は茶を飲み干す。自分も彼らと同じ人間なのに、何かと超人扱いされていけない。彼らが思うほど、褒められた人間では無いというのに。
最後の付け足しは、意地悪半分の本音だ。言わなければ良かったか、想定どおり興味深深の無言の催促が全身にサクサク刺さってくる。
「俺が自分の最大の弱点をペラペラと話す間抜けに見えますか。好きなだけ悶々と考えてみてください。どうせ分からないでしょうけど。自分が使った食器は自分で洗ってくださいね。榊さんもですよ」
自分の食器と鍋と大皿を抱えて立ち上がった後ろで、抗議が上がるのも全部無視して流しに立つ。3人は帆高に話す気がないのを悟ると、湯飲み片手にあれこれと推測を立てて議論をおっぱじめる。
ためになることを話せばいいものを、溝に捨てている時間がもったいないだろう。彼らが答えを突き止めることは、決してありえないのだから。