あたしが眠りにつく前に
「いいけど、苦いのダメならなんでコーヒーを頼むんだよ。最初から別の甘い奴頼めばいいだろ」

「とびっきり甘くしたコーヒーの味が好きなんだよ。一之瀬には信じられないだろうけどね。俺の方こそ何も入れないで、そのまま平気で飲んじゃう一之瀬を疑っちゃうよ」

 2杯分のミルクで白に近づき、グラスの底にとこったガムシロップと砂糖をストローでクルクルと回し溶かす。将来は糖尿で苦労するだろう、塚本が飲む瞬間に帆高は顔を背けた。

試したことは無いため直接の味は知らないが、口の中で角砂糖と練乳が入り交ざった甘ったるさを覚える。苦いコーヒーを含み、嫌悪感を拭い去る。ああ、塚本と来る様になって慣れたつもりだったが、久々に直面するときつい。

「なあ、何か良いことでもあったのか」

 窓の外を見ながら、帆高は口を開いた。向こうの山々が色付き出すのは来月の中旬頃か。ガラスに映る塚本はストローをくわえたままポカンとしている。

「席に着いた時から顔がにやけきってたし、テンションの高さは三割増しでソワソワしてる。それにお前の周りに花と蝶が飛んでる気もするんだよ。そのおめでたい空気、ひとまずひっこめろ」

「やだなあ、そんなの決まってるでしょ。大切な親友と感動の再会ができたからだよ? 俺のそんな心の機微まで読み取れちゃうなんて、顔会わせたらグサグサと抉るようなこと言ってても一之瀬だって俺のこと…。嘘です。調子に乗って誰も得しない戯言を言ってみちゃいました。はい、ホントにすみませんでした。爪楊枝を手に取らないでっ。嫌な予感しかしないから!」

 帆高が容器に戻すのを見届け、塚本がホッと息をついた。「爪の間にでも刺してくるかと思ったよ」それは傷害罪で逮捕レベルだろう。さすがに そ こ ま で は するつもりはなかった。

「一之瀬と会えて嬉しかったのもあるけど、後から彼女と会うんだよ。誤解しないでよ、ちゃんとしたデートだから」

「へえ、この前はべそかいてヒンヒン言ってたのに、まさかの急展開だな」

「泣いてないよ!? 俺が電話した日の夜中に珍しく彼女から電話があってさ、思ってたこと全部素直にぶちまけたんだよ。寂しいとか不安だとか、それでも信じてるとか。言ってることメチャクチャで長い時間喋り通しだったのに、彼女、最後まで聞いてくれてさ。今日俺が戻ってくるって聞いたら、彼女も時間作ってくれるって言ってくれたんだ。電話切れた後も呆然としてて、一人暮らしなのいいことに叫んで、女子高生みたいにベッドの上でバタバタしちゃったよ」

「それは良かったが。一人暮らしでも問題無いか、それ」

「中学で告白してOKもらった夜も同じことしたらさ、親には怒鳴られるわ隣の部屋のあいつらには枕投げつけられるわ蹴飛ばされるわで、兄の威厳が地に落ちて大変だったなあ。今回は隣人の壁ドンと、真下の部屋の住人に白い目で見られるだけで済んだよ。ちょっと古いけど、意外と広めで住み心地いいんだ。また今度来てみる? 歓迎するよ」
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