あたしが眠りにつく前に
◇◇◇
僅かに開いた窓の隙間から冷たさを含む秋の風が吹き込む部屋の中、二人の男女が椅子に向き合って座っている。
「…そうかい、効果なしか……」
「はい、絶賛進行中ですね」
落胆の色が窺える男性の低い声とは対照的に、珠結はサラリと答えた。声色と話の内容は全く釣り合っていないというのに。
目の前に座る白衣姿の初老の男は、申し訳なさそうにカルテから顔を上げて珠結を見た。
「先生、謝らないでくださいよ? 仕方ないんですから」
『先生』と呼ばれた彼は、ますます顔を渋くした。右手に握られたボールペンは頼りなさげにユラユラと揺れている。彼の無意識のうちの癖だ。
「仕方なくはないよ。医者は患者を治すのが仕事なんだからね」
「だからですよ。新薬を開発するのは科学者の仕事で、医者の仕事ではないでしょ? なのに治せっていうのがムリな話ですし」
珠結の眠り病は、30年脳外科医を勤める彼でさえも今までに診たことがない。今まで似た症状・睡眠過多の病の治療薬を処方してきているも、ほとんど効果無しだ。
珠結がここに初めて来院したのは4年前。それ以来、月一の割合で診察を受けている。
「それでも続けてみるしかないなぁ…。あ、一日に必要以上飲んでいないね?」
3ヶ月前から処方薬はより強めのものに切り替わった。最初の1、2ヶ月間はある程度抑えられていたが徐々に効き目が薄れてきてしまい、ここ最近ではたった半日で一日の限度量を飲みきってしまう。
「はい。足りないとは思ってますけど、我慢してます」
「うん、そうしておくれ。じゃあ今の一日の睡眠時間はどのくらいだったかな」
「単発的なものも合わせると、15時間ぐらいですね。授業中なんてほとんど起きてられませんし。ホント困り物ですよ」
「そんなに……。先生に怒られないかね?」
「ん~、まぁ今のところは見逃しや注意で済んでます。あたし、そこまで成績は絶望的じゃないんですよ。教えてくれる個人的な教師はバッチリ確保してますし。だって…」
いったん言葉を区切り声を潜め、
「ある程度の成績をキープしておけば、先生達もさほど厳しく言ってこないでしょ?」
珠結が悪戯っぽく笑ってみせると、医師は今日初めて笑みを浮かべた。
僅かに開いた窓の隙間から冷たさを含む秋の風が吹き込む部屋の中、二人の男女が椅子に向き合って座っている。
「…そうかい、効果なしか……」
「はい、絶賛進行中ですね」
落胆の色が窺える男性の低い声とは対照的に、珠結はサラリと答えた。声色と話の内容は全く釣り合っていないというのに。
目の前に座る白衣姿の初老の男は、申し訳なさそうにカルテから顔を上げて珠結を見た。
「先生、謝らないでくださいよ? 仕方ないんですから」
『先生』と呼ばれた彼は、ますます顔を渋くした。右手に握られたボールペンは頼りなさげにユラユラと揺れている。彼の無意識のうちの癖だ。
「仕方なくはないよ。医者は患者を治すのが仕事なんだからね」
「だからですよ。新薬を開発するのは科学者の仕事で、医者の仕事ではないでしょ? なのに治せっていうのがムリな話ですし」
珠結の眠り病は、30年脳外科医を勤める彼でさえも今までに診たことがない。今まで似た症状・睡眠過多の病の治療薬を処方してきているも、ほとんど効果無しだ。
珠結がここに初めて来院したのは4年前。それ以来、月一の割合で診察を受けている。
「それでも続けてみるしかないなぁ…。あ、一日に必要以上飲んでいないね?」
3ヶ月前から処方薬はより強めのものに切り替わった。最初の1、2ヶ月間はある程度抑えられていたが徐々に効き目が薄れてきてしまい、ここ最近ではたった半日で一日の限度量を飲みきってしまう。
「はい。足りないとは思ってますけど、我慢してます」
「うん、そうしておくれ。じゃあ今の一日の睡眠時間はどのくらいだったかな」
「単発的なものも合わせると、15時間ぐらいですね。授業中なんてほとんど起きてられませんし。ホント困り物ですよ」
「そんなに……。先生に怒られないかね?」
「ん~、まぁ今のところは見逃しや注意で済んでます。あたし、そこまで成績は絶望的じゃないんですよ。教えてくれる個人的な教師はバッチリ確保してますし。だって…」
いったん言葉を区切り声を潜め、
「ある程度の成績をキープしておけば、先生達もさほど厳しく言ってこないでしょ?」
珠結が悪戯っぽく笑ってみせると、医師は今日初めて笑みを浮かべた。