あたしが眠りにつく前に
 高校3年生への進級を2週間後に控えた、うららかな初春。2ヶ月半ぶりに目覚めた珠結と病院の近くの公園に出かけた、ある日の午後。珠結が行きたがった広場が目前に迫っていた時に、一本の電話が鳴った。

電話の相手の母は、必要はないと言った。しかし話の内容から、そういう訳にはいかず一刻も早く電話すべきだと思っていた。そのために、珠結を一人にしてしまった。今になってみれば、そうまでして急くこともなかったのに。

 電話をかけた先は、遠方にある父方の実家だった。祖父と長男一家が同居しているらしい。らしいというのも、母方とは違って、接触は全く無いからだ。家に行ったこともなければ、父方の親族は伯母一家以外には会ったことはなかった。

「お前のじいちゃんばあちゃんは、お前が生まれる前に亡くなったじいちゃんと、一緒に住んでたばあちゃんだけだ」

 友人達には祖父母が二人ずついるのに、なぜだろう。その疑問が解決したのは、中2の冬休みだった。突然、祖父が家にやって来たのだ。

インターフォンを押さずに玄関のドアを乱暴に開けて土足のまま上がり、帆高を探し回ったのだと言う。幸いにも帆高は学校の課外に出ており、有給を取っていた父に取り押さえられた。

 帆高が夕方に帰宅すると、両親は難しい顔で居間のソファに座っていた。「大事な話がある」と告げられ、ただ事ではないと直感した。予感のとおり、父の話は突飛過ぎて、耳を疑わずにはいられなかった。

 簡潔に言えば、祖父は帆高が長男家の養子なるようにと促しに来たのだという。なんでも期待していた長男家の一人息子が、大学受験に失敗して引きこもってしまったらしい。

祖父はその孫をあっさりと見限った。そんな時に次男夫婦には息子がいて優秀らしいという噂を耳にした。ならばそっちを跡継ぎにと暴走して、此度の暴挙に至ったというのである。

 父と伯母は跡継ぎとなる長男ばかりを溺愛する両親から、空気以下の扱いを受けていた。だからこそ高校を卒業してすぐに家を出て就職し、住所も結婚したことも知らせないで絶縁状態を通してきたのだ。伯母も同様である。

 どうせ金を使って調べ上げたのだろう。吐き捨てるように言った父の目は憎しみに燃えていた。無理やり家から引きずり出し、近所で騒がれても困るため家から離れた交番の前で「今度顔を見せたら警察を呼ぶ」と凄んだという。

交番の前で怪訝な顔をして見つめてくる巡査と目が合うと、祖父はそそくさと立ち去ったという。それ以来アクションは無かったが高校2年生の夏を過ぎた所で、頻繁に電話がかかって来るようになった。当然、番号を教えた覚えは無い。

 高校を卒業したら、一緒に住んで地元の名門大学に通え。大学も卒業して一流企業に就職したら、すぐに結婚しろ。相手は俺が見つけてやる。勝手な人生設計を、いけしゃあしゃあと語り尽くす。

切ってもすぐにかけ直してくる。着信拒否を設定したくとも住所は知られているため、下手に連絡手段を断てば前回のように突撃してくることも大いにあり得る。祖父は根は臆病であっても、キレると態度が一変して警察沙汰の騒ぎも起こしかねないという。
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