あたしが眠りにつく前に
 始業式を迎えて3年生になってから初めての週末、病室を訪れた帆高を幸世はいつものように迎えてくれた。ベッドには帆高の存在に気づかず、深く眠り続ける珠結。

 2週間前に逢ったのに、もう逢いたくてたまらなくなる。一般的な高校生カップルなら長いと思う期間も、帆高と珠結にとってはまだ長くはないと言える範囲内だ。珠結は月単位の睡眠もザラではないし、せっかく目覚めても帆高とのタイミングが合わなければ断絶期間が伸びていってしまう。

せっかく目覚めたのに平日だったり、休日でも帆高が来るまでに間に合わない短時間だったりと、機を失うことも珍しくない。

 どれだけでも待つと決めたのに、心が弱いものだ。七夕の彦星と織姫ほどでもなく、気にしないようにしていても、逢えない日々で想いは募るばかり。

 珠結が目覚めると、幸世は仕事を早退できるかどうかは別として電話をくれるよう病院にお願いしている。その知らせを帆高にも回してくれるが、平日の昼間など帆高の生活に支障が出そうな場合を除いてである。

「教えたら、学校あっても早退しそうじゃない」あながち、間違いではない。だからこそすれ違って逢うのが難しかった。春休みのあの日は珠結が朝早く目覚めたことと覚醒時間が長い方だった好条件が重なった、恵まれた日だった。

 あんなおあつらえ向きな再会が望ましいが、せめて一目でも目を合わせたら一言交わせたら。それだけで次回をひたむきに夢見て、また彼女のいない日常を生きていける。

それが高望みだというのなら自分が場に居合わせられなくても、戻って来て笑っていてくれたらと切に願う。珠結が本来の居場所を見失っていない、そんな既成事実で繋がっていると信じられるのだから。

 なのに、どうして。

帆高が大学生になって、2度目の秋の現在。珠結が最後に笑っていたあの日から、2年半以上が経過。

珠結は一度も、戻って来ていない。この本物の世界を、瞳に映さない。



 ***



「…ただいま」

「お帰りー。ご飯にする? 先にお風呂? それとも…」

「去ね。自分がかけられたい言葉を、他人も喜ぶものと押し付けるな。その続きを言ったら、蹴り出すぞ」

 俺の部屋でもあるのに。同室の御園はしょげたように学習机と向き合っていた。

「いつもはベッドの上でゲームしてるのに、何の気まぐれだ?」

「明日の英語、俺当るんだよー。教授が前回どこまで当てたか、きっかりメモる人だから絶対来ること確実。つーわけで、助けてっ」

「どういう理屈で、‘つーわけで’なんだよ。…何で、テキストと一緒にPSPまで机の上にあるんだ? 電子辞書は何で電源が入ってないんだ。じゃ、風呂入ってくるわ」

「待って待って! 真面目にやってたけど、煮詰まって息抜きのつもりでついつい手を出しちゃったんだって! 1時間で切り上げたし、俺にしては頑張ったんだっ」

 ‘ゲームを中断させるのに’頑張ったのだろうが。御園は一度始めたら3、4時間はぶっ続けで2次元の世界へトリップする。丑の刻の時間帯でも、布団の隙間から液晶画面の光が漏れているのを知らない帆高ではない。

 疑い9割でテキストを取り上げれば、正誤はともかく設問はほぼ埋められて格闘の跡が垣間見れた。仕方ない。ついつい勉強の面倒を見てしまうのは、長年の習慣と継続中の家庭教師のアルバイトで培われた条件反射か。
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