あたしが眠りにつく前に
 十数分ほどのレクチャーをし、浴場から戻ると部屋はプチ宴会状態だった。数本の缶ビールに、柿ピーや裂きイカが共用のミニテーブルの上に勢ぞろいしていた。

「今日も飲むのか。明日は朝早いだろ」

「平気平気ー。俺はどんだけ飲んでも、次の日に残らないって知ってるだろ? あー、頭を使った後に飲むビールは格段にウマイ!!」

 風呂上りや5時間越しのゲーム明けなど、様々なシチュエーションでもほざいていたくせにと毒づくのもかったるい。「ごゆっくり」と明日の準備に取り掛かろうとするも、促されてやむなく向かいに腰を下ろした。

「一之瀬も飲めって。1本なら大丈夫だろ? 宿題付き合ってもらったし、おごるよ」

 ビールを差し出されるも、拒否してピーナッツをつまむ。自覚は無いが、自分は酒が弱いらしい。20歳になる前からあちこちで飲酒を唆されてきたが拒絶し続け、法律の許可が出てから御園と部屋飲みしたのが初体験である。

結果、缶ビールを半分飲んだぐらいで記憶が無くなった。目が覚めたら、窓の外でスズメがチュンチュン鳴いていた。記憶が飛んでいた間、自分は何をしていたのか尋ねれば御園に「まさか、ここまで弱いとは」とウンウンと頷かれた。

急に押し黙ってぼんやりしていた後、何かブツブツ呟いて電池切れのロボットのようにコテンと倒れて眠り込んだらしい。録画や撮影をしておけば良かったと本気で悔しがる御園を殴り飛ばし、金輪際酒を飲むものかと心に誓いさえした。

 初体験が大衆の場でなくて、本当に良かった。御園は見かけによらず、口も固い。榊や他の先輩方に知られたら、表を歩けない。面白がって先輩の権力をかざされ、無理強いされるのが関の山。一人で大多数を相手にするのは、さすがに逃げ切れる保障は無い。

「俺に言うか。榊さん辺りを誘えよ、あの人もそこそこ強いだろ」

「俺のおごりならって集られるだろうし、つまみも一人占めされるからヤダね。ほら、これなら良くね? あんまり甘くないからさ」

 冷蔵庫を開けて投げ渡されたのは、アルコール3パーセントのレモンチューハイ。プルタブを空けて口に流し込めば、甘さは控えめで酒を飲んでいるという感覚も無い。これなら、いけるかもしれない。それでも念を入れてと、携帯電話のアラームの音量を最大限にしておく。

「今日だったよな。2人とも元気そうだった?」

「ああ。でも親父の方は最近腹が出てきたって、ぼやいてたな。酒と甘いものを控えろって母さんが口うるさく言っても効果無しで、隠しては見つけてのイタチごっこらしい」

「かわいいお父さんじゃん。一之瀬と違って酒はウェルカムなのな。ご両親、いくつ?」

「親父は今年64になった。母親は聞いてくれるな。小学生の時に聞いてみて、黒い笑みで頬を腫れあがるぐらい抓られてからのトラウマだ。永遠の20代って所らしい」

 ビールの缶を傾けていた御園が、ゴフッと妙な音をあげてむせ返った。口を押さえながら、肩を震わせる。

「くくっ。女性に年齢聞くのはタブーだしな。早くに教わって良かったんじゃん? 愉快なご両親なのな、一之瀬がやたらと帰省する気持ちも分かるなあ」

 彼には珠結のことを話してはいない。帰省の理由が珠結の見舞いであることは伏せ、二人暮らしの年金供給間近の両親が気になっての理由で通している。

好都合な言い訳の材料に使って、申し訳ない。あと、母さん。実は今年でとうとう還暦に突入したことを知っている。ささやかな親孝行だと、知らないまま受け取っていてほしい。
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