あたしが眠りにつく前に
「一之瀬、今回は進んでるな。それ、気にいった?」

 言われて、掴んでいた缶の中身が半分を切っているのに気づいた。頭は少しぼうっとしているが、まだいける。今度また、自分でも買ってみようか。

社会人になって就職すれば、酒の席は避けては通れない。時代的に過剰な量は強制されないだろうが、嗜む程度には慣れておかなければなるまい。今のうちから少しずつ、免疫を付けていかなくては。今一度、缶の銘柄を頭にインプットする。

 帆高は買っておいた、2本で1組のさけるタイプのチーズを御園に片方渡す。パッケージを開けてそのままかじりつく様に、さける意味が無いだろうと笑えてくる。意図せず声が漏れ、早くも酔ってきたのかもしれない。



「…お前は強いよな。1時間でビール3本って…。さすが、うわばみ。化け物」

「こんくらい普通普通。一之瀬が弱すぎるだけ。…お、飲み切ってるじゃん! もう一本いっと…ける訳ないな。大丈夫?」

「頭が少し痛い…か? なんか、頭が働かないっていうか。ん…、あれ? セロテープと竿竹って、どっちが先に1㎞泳ぎ切ったんだっけ」

「…もう、寝よっか。それがいい。前回はスイカが豆電球と絶交して、輪島塗が蕎麦の早打ち大会を企画してるんだったかな。立てる?」

「…なあ、御園―――」

 気づいたら、ベッドの上で横たわっていた。自分でベッドに入った覚えは無い。御園が寝かせてくれたのだろう。向かいのベッドからは鼾が響いてくる。

当初は苦情を言ったり耳栓をしたり、どうにも我慢できなくなった時は鼻をつまんだりしていたが、半年ほどで気にならなくなった。それでも時々は布団を頭からかぶせ、夏場の熱帯夜には恨めしい顔をされた。

 御園に何かを言いかけた所で、記憶がプツリと途絶えている。直前の謎な言動については言ったこと自体は虚ろに覚えているが、何を考えての発言なのか解釈不可。いっそ御園には、その時点で殴り倒して床に沈めてほしかった。

録画・録音を試みたら愛するゲーム機器を破壊すると通告してあるため、その恐れは無いだろう。何を口走ったのかは気になるが、こちらから話を持ち出すのは自爆するだけだと結論付ける。

何も覚えていないと言い張って、向こうから切り出されたら観念して詳細をお聞かせ願おう。からかわれるのも呆れられるのも覚悟の上、自分がまいた種だ。両親はよく晩酌をしていたものだというのに、その二人の息子の自分はなぜこうも酒に打ち負かされてしまうのか。

 枕元の携帯電話で確認すれば、時刻は午前2時前。節電設定で照明が消えても、天井を眺めているうちに暗闇に目が慣れてきた。

 唐突に意識を失い、気がつけば時間が流れていた。一変した部屋の雰囲気と静寂、どうして眠ってしまったのかという小さな後悔。目覚めた直後はまどろみが一気に吹き飛ぶほど、驚いて―――

「……っ!!」

 途端に帆高は跳ね起きて、胸を押さえて呼吸を荒げた。口を押さえて空気の漏れるヒュウッという不快な音を閉じ込める。鼾は依然、緩やかに連続している。
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